第9話 やめろ、もうやめてくれよ

 僕は毎晩スミに会いに行った。

 昼間は家でゲームをして、夜になって両親が寝静まるとこっそり家を抜け出しスミの所へ行く。そんな生活が続いていた。


 四月の終わり頃、面倒な事が起きた。

 夕方。部屋でマンガを読んでいるとドアをノックされた。きっと母さんがパートから帰って来たんだ。尻込みしたようなノックの音が弱々しく響く。


「タイチちゃん。ちょっと良いかしら」


 どうせ大した用もないくせに。

 無視していてもしつこくノックされる。いい加減にイライラしてきた。僕は読みかけのマンガを伏せて立ち、力をこめてドアを開けた。

 廊下の光景を目にして、僕は固まってしまった。

「だ、誰……」

 母さんの隣に知らない男の人が立っている。

 スーツを着た若い男の人だ。

「担任の田島先生よ」

 僕は反射的にドアを閉めた。すると力強いノックが何度も追いかけて来る。いや、これはノックなんかではない。乱暴に拳を叩きつけている音だ。


「なあタイチ。先生と話をしてくれないか」

 ドンドンドン。

 暑苦しい人。

 声とノックを聞いていれば分かる。ドンドンドン。僕の最も苦手な人種だ。子供はドッヂボールをすれば喜ぶと思っている単純なタイプ。ああ、何でこんなのが教師なんだ。

「少しで良いんだ。部屋から出てきてくれよタイチ!」

 初対面なのに下の名前で呼ぶ。

 馴れ馴れしい。僕は鍵を閉めてベッドに寝転がる。頭から布団を被って耳を塞いだ。ノックと呼び声は籠った音となって僕の鼓膜を責める。

 やめろ、もうやめてくれよ。


 しばらくするとノックが止んだ。

 一時間以上経ったと思ったのに、時計を見ると五分しか経っていない。ドアの向こうから声が漏れてくる。


「お母さん。また説得に来ます」

「よろしくお願いします。私が何も言っても無駄で、もう先生に頼るしかないんです……」


 二組の足音が階段を下ってゆく。玄関が開く。

 僕はカーテンを少しだけ開けて家の門を見下ろした。先生がお辞儀すると母さんはもっと深く頭を下げる。その時、先生が僕の部屋を見上げた。


「タイチ、また来るからな!」

 カーテンを閉め、僕はベッドで丸くなる。

 しばらく震えが止まらなかった。

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