第8話 でも捨てるのももったいないし

 スミが布団に入ったのを確認し、僕は物置小屋を後にした。残った缶コーヒーを持って小川の堤を歩く。


 それにしても心配な咳だった。

 小学生の頃、僕も喘息を持っていたから分かる。あの空咳からぜきは辛い。喉が千切れそうになるし、何秒間も息が出来ない。早くスミが元気になってくれるよう願った。


 やがて町の灯りが見えてきた。

 もう十二時を回っただろうな。家に入る時も物音を立てないよう気を付けなければ。

 残りのコーヒーを飲もうとして、ぴたりと手を止める。


 これって、スミが口を付けた……。


 飲み口から糸を引く唾液、照れくさそうなスミの顔。それにスミの裸まで思い出し、お腹の下の辺りがじわじわ熱を持ち出した。


 でも捨てるのももったいないし……。


 僕は戸惑いながらも缶に口を付ける。

 さっきよりも仄かに甘くなっている気がした。間接キスってやつか。こんな事、誰にも言えない。

 コーヒーを口に含んだ瞬間、僕は自分の感覚を疑った。


 コーヒーは冷蔵庫に入っていたように冷たくなっていた。

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