第6話 関係ないだろ!

「川沿いにある大きい家なんだけどさ――」

 夕方、パートから帰って来た母さんに尋ねた。

「地主さんの家かしら」


 母さんはキッチンに買い物袋を置いて振り返った。

 僕から母さんに話し掛けるのは久しぶりだ。母さんは作ったような笑顔を見せる。気持ち悪い。変な愛想は振り撒かなくて良いから質問にだけ答えてほしい。


「あそこって誰が住んでるの」

「地主さんと奥さんよ。あと使用人の方が何人かいたかしら」


 ふうん。僕は母さんと目を合わせずに相槌を打つ。


「子供は住んでいないんだ」

「十年くらい昔は息子さんが二人いたけど、今じゃ大人になって都会に出て行ったわね」


 スミの存在が隠されている。

 なぜ地主がそんな事をしているのかは分からないけれど、自由のないスミの事を考えると胸が締め付けられた。


「地主さんがどうかしたの」

「別に……」


 母さんは怪訝そうに僕を見ている。

 居心地の悪くなる視線を避けるように僕は冷蔵庫を開けた。冷気が顔に飛び掛かってくる。昨夜、スミの物置小屋を覗いた時もこんか冷気が漂ってきた。

 欲しくもない麦茶を出してコップに注ぐ。母さんの視線はまだ僕に向いていた。こっち見んなよ鬱陶しいな。


「あのね。お母さんホントに、タイチちゃんを急かしてる訳じゃないんだけどね……その。学校へ――」

「ヤダよ」


 僕が遮ると母さんは黙り込む。

 いつもはそうだった。けれども今日は違う。一瞬言葉に詰まったが母さんはすぐに口を開いた。


「でもね勉強だってどんどん遅れちゃう。担任の先生がおっしゃっていたわよ、中学二年の勉強が一番大変なんだって。このままだとタイチちゃん、高校へも行けなくなっちゃうわ」


 僕はイライラを抑えるように溜息を吐いた。

 中学が終わっても今度は高校がある。また学校だ。わざわざ勉強までして、どうしてまた学校なんかに行かなければいけないんだ。


「知らない。高校なんて行かなくても別に良いだろ」

「でもそれじゃ大学にも行けないし、中卒じゃ仕事だってないわよ」


 小さく背を丸めた母さんは縋るように僕の隣に寄ってくる。ああイライラする。僕は舌打ちして背を向けた。


「関係ないだろ!」


 怒鳴ると母さんは静かになった。

 急に元気をなくしたように視線を落とし、震えた溜息を吐く。僕は冷蔵庫に麦茶を戻しドアを乱暴に閉めた。中で調味料の瓶がぶつかり合う音が聞こえた。

 僕はキッチンを後にしようと足を踏み出す。すると――。


「タイチちゃん。夜中にどこへ行ってるの」


 僕の足が止まった。背後から母さんの視線がチクチク刺さる。


「何の事だよ」

「とぼけないで。昨日も一昨日も、夜中に玄関の開く音がしたのよ」


 知らないって、と吐き捨て歩き出す。

 すると母さんが僕の腕を掴んだ。僕は恐る恐る振り返る。母さんは必死の形相で僕を見ていた。


「まさか悪いお友達と遊んでるんじゃないでしょうね。お願いだから悪い事だけはしないで。お母さん、ホントにタイチちゃんの事が心配で心配で――」

「もう放せよ!」


 僕は母さんの手を振り払う。

 母さんは唖然と僕の顔を見ていたかと思うと、崩れるように食卓に着き、萎れた花みたいに両手で顔を覆って項垂れた。

 胸が嫌なざわめきに晒される。腹の中で汚い泥水が沸騰し、喉へと込み上がってくる気分だ。

 僕は逃げるようにキッチンを後にして階段を駆け上がった。

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