第5話 幽霊
昨夜、僕に友達ができた。
しかも同い年の女子。雪みたいに白くて、笑った顔が可愛い子。僕なんかが女子と友達になるなんて信じられない。
学校の女子は僕を馬鹿にして笑う。
クラスの中心的な女子はハエやゴキブリを見るような目を向けるし、大人しい女子は捨て犬を見るような目を向けてくる。僕は女子の視線が、笑い声が死ぬほど怖かった。
でもスミは違う。
スミは僕を人間扱いしてくれる。スミの視線だけは怖くない。けれどもスミに見詰められると変な気持ちになる。胸の奥が熱くなって背中へ突き抜ける感じ。
「スミ、スミ――」
僕は布団に包まって何度もスミの名前を口にした。
目の前だと呼ぶ前に躊躇してしまうが、布団の中ならいくらでも言える。ここは僕だけの世界だ。
名前を呼ぶだけで昨夜の情景が蘇り、また胸がじんわり熱くなる。『スミ』というのが呪文の言葉みたいだ。
僕は枕を胸に抱いてスミ、スミと何度も繰り返す。目を閉じてスミの笑顔を思い返していた。また心地良い変な気分になる。
ふと現実に立ち戻り恥ずかしくなった。
僕はベッドから起き上がり、カーテンの隙間から外を覗く。今日も眩しい太陽が輝いていた。
ちょうど正午になった頃だ。
僕は部屋を出てキッチンに向かう。冷蔵庫には今日も母さんの作ったおにぎりがあった。だからいらないって……。僕は棚にあった菓子パンを二つ取って部屋へ戻った。
パソコンを起動させてメロンパンを一口齧る。
表面の砂糖の皮がぽろぽろ床に落ちた。僕はそれを足で隅に除ける。どうせ母さんが掃除しに来るんだ。
パソコンは常にスリープ状態にしてある。もう何か月シャットダウンしていないだろう。ぼんやりモニターに向かって肘を付く。メロンパンの欠片がキーボードの隙間に落ちた。僕は気にせず親指に着いた砂糖を舐める。
昨夜はベッドに入ってからもスミの事ばかり考えていて、興奮して何度も目が覚めた。スミの事が頭から離れない。サーチエンジンにスミと入力してしまった時は、もう病気かと思った。
オンラインゲームからのメッセージを確認し終え、僕は本棚の前に腰を下ろした。ずらりと並んだマンガを見上げて僕は小さく唸る。
今夜、スミにマンガを貸す約束をしていた。
物置小屋の中を見た限りマンガ本はなさそうだった。もしかするとスミはマンガを読んだ事がないかもしれない。
どういうジャンルが良いだろうか。僕はバトル物の少年マンガが好きなのだけれど、たぶん女子には受けないだろう。読みやすいスマートな絵で、格好良い主人公が登場するようなのが良いだろうか。
流行っているジャンルだと異世界能力バトル物なんてどうだろう。登場人物達が個々の特殊能力を駆使して戦う話。力だけの戦いでなく心理戦の駆け引きもあるし、ちょっとした恋愛要素も含んでいるから女子でも楽しめると思う。
僕は『ライジングサン』というマンガを選んだ。今出ている単行本だけで十巻。これくらいならすぐ読み切れるだろう。僕はとりあえず三巻まで紙袋に入れた。
僕はまたベッドに寝転がる。
私、ここから出ちゃいけないから――。
スミの言葉を思い出す。スミの事でまた謎が増えた。
あれは地主の家の物置だ。という事は、外出を禁止しているのは地主の家の者か。
スミと会っている事は誰にも話してはいけないと言う。もちろんスミが物置小屋に居る事も秘密だ。スミは誰にも知られてはいけない存在なのか。
何より驚いたのはスミの体温――。
冷た過ぎる。
スミと指切りした時、彼女の体温が僕に伝わった。いや、正しく言えば僕の体温がスミに奪われた、だ。
体温が低いとかそんな次元の話ではない。冷たい金属に触れているような生命力のなさを感じた。
僕はスミの肌に触れた時、ある言葉が頭を過った。
死人――。
死体は冷たいらしい。だから僕はこうも思ってしまった。
スミは、幽霊――。
白い肌、黒い髪、それに白いワンピース。
極めつけは冷たい体。スミはいかにも幽霊らしい姿をしている。スミはもう死んでいて地主の物置小屋に憑りついている、とか。寂しくなって僕を呼び寄せた、とか。
いや、違う違う。
僕は頭を掻き毟る。だいたいスミは「おばさんがご飯を持ってくる」と言っていた。僕だけに見えている訳ではない。
スミは幽霊なんかじゃない。
じゃあ地主の家は、何を隠しているのだろう……。
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