第3話 今日もスミは居るのかな

 こっそり玄関を出ると肌寒い空気に包まれた。

 腕時計を見ると夜の十時半。僕は小川沿いを歩き、溜池を迂回して進み、橋を渡って神社へ向かう。神社は山の中腹にあって、そこまで長い石段を登らなければならない。

 僕は夜の神社が好きだった。


 膝に手を着いて石段を上り切り、鳥居の前で振り返った。

 境内から森閑とした涼しい空気が流れて僕の火照った体を冷ます。目の前には僕の住む町が広がっていた。僕は町を見下ろして小さく息を吐く。


 小さいな……。


 山に囲まれた小さな町。田んぼや畑もある田舎町。

 二十分に一本の普通電車しか止まらない駅から線路が伸びて川を横切ってゆく。駅を中心に住宅地が広がる。この時間だと灯りの点いている家も少ない。


 濃紺の夜空を埋めるように星々が瞬き、銀色の月が僕を見下ろしていた。

 夜空は広い、僕の町は小さい。

 市営住宅も図書館も商店街も学校も、全部小さい。


 僕はこんな小さな町で苦しんでいたのか。こんな小さな世界にさえ耐えられない苦しみがあるのなら、大人になって飛び込む世界にはどんな苦難が待っているのだろう。

 やっぱり僕は生きる事に向いていないのかもしれない。溜息を吐いた僕は、登ってきた長い石段を見下ろす。


 ここから飛び降りたら、死ねるだろうか――。


 ふと地主の屋敷が目に入った。母屋ではまだ灯りが点いている。その敷地の道路を挟んだ向かいには物置小屋がある。そっちの方は真っ暗だった。

 小川の側に物置小屋は寂しそうに佇んでいる。ひっそり静かに、誰にも気づかれないように。あの中にスミは一人ぼっちでいた。


 今日もスミは居るのかな。

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