07話.[無駄にはしない]
「ちょっと涼成、あんたなんで廊下で過ごすことが増えているのよ」
「諸永も理央も友達と話していたんだからいいだろ? 自由に行動させてくれよ」
誘われれば付き合うが誘われていないときも言うことを聞いたりはしないぞ、というか、結局あんなことを言っておきながら特に変わっていないわけだから笑える。
その場だけなんとかできればそれでいいのだろう、まあ、俺としてはいまのままの方がいいわけだからなにかを言ったりはしないが。
「見えるところにいなさいよ、思わず探してしまうじゃない」
「俺は草食動物で諸永は肉食動物なのか、思わずってコントロールできるだろ」
「いまは興味を持っている状態だから無理よ」
駄目だな、ツッコんでくれる存在がいないと話にならない。
というわけで今回も友達と盛り上がっていた理央を連れてくることにした、そうしたら「なんでこれができるのに廊下に逃げているの?」と聞かれて暇だからだと答えておいた。
「理央、おかしいと感じたことにはしっかりツッコんでくれ、諸永と俺だけだとツッコミ役が不在でぐだぐだになるからな」
「うん、それはいいけど」
「じゃあほら諸永、好きに――ぐはっ、こ、攻撃はなしだろ」
「あっ、ごめん、なんか殴りたくなっちゃったのよ」
そういう意味での肉食感はいらない、これだと事あるごとに殴られそうで落ち着いて彼女の側にいられなくなってしまう。
ある程度は自由に行動させるつもりではいるがこういうことが続くと流石に離れたくなるから気をつけてほしいところだった。
「理央、夏休みになる前に部活がない日とかないの?」
「テスト期間のときはそうだけど二人は無理なんでしょ?」
そういえばそんな話もしていたか、この前みたいに二人きりよりは理央がいてくれた方が間違いなくいいため二人がそのつもりなら付き合うつもりでいる。
もちろん当日は付いて行くことに専念するつもりだ、俺はまだまだ諦めたわけではないからな。
二人がその気になってくれればそれほど楽なことはないから場合によっては協力するのもありかもしれなかった。
「うーん、あのときはちゃんとやっておかないと云々と答えたけど最近はちょっといけそうな感じがするのよね、バイトも休むつもりだから一日ぐらいは出かけてもいいかなって」
「涼成はどう?」
「一日ぐらいならいいんじゃないか、あ、いい場所とかは微塵も知らないから行く場所は二人に――なににやにやしているんだよ」
なんてどうせ母と同じだろう、俺が云々と答えて変な反応を見せてくるのだ。
これって結構失礼だよな、俺=断る的な風に認識されてしまっているからこそこういうことになる。
「「いやだってあの涼成がちゃんと付き合おうとしてくれているから」」
「たまにはいいだろ、それに俺は他者といるのは嫌いじゃないぞ」
それでも二人は同じような反応を見せてきたからこの話を強制的に終わらせた。
授業にもテストが近いということもあってそれなりに集中して受けて、休み時間になったらまた教室を出た。
雨が降らなくなったことと夏ということで教室は暑いのだ、場所も影響している可能性がある。
全部というわけではないが窓がしっかり開けられているから風を感じつつ歩けるのがいいところだと言えた。
「涼成、どこかお気に入りの場所とかないの?」
「適当に歩いているだけだからな、逆に理央が知っているいい場所を教えてくれないか?」
そこまで距離がないということであれば休み時間なんかにも行って休めるから教えてほしい、ただ歩いているだけではやはり限界があるからだ。
知らない人間でなければ、つまり理央や諸永なら一緒にいたとしても問題はないが、付いてくる感じはしなかった。
理央はともかく諸永はそうだ、○○はどうだとぶつけてみてもよく「面倒くさいから嫌よ」と答えられているから妄想ではない。
「そうだねぇ、あ、反対側の校舎は夏にはおすすめの場所だと思うよ、この前用事があって行ったときに涼しかったからさ」
「なるほどな、それじゃあこれからは行ってみるか」
「あ、やっぱり駄目だよ、涼成のそれって休みたいからじゃなくて詩舞や僕から逃げたいからでしょ?」
「いつでも逃げ続けるばかりじゃないぞ、それに相手をしているだろ」
ただ、二人はいま俺がそうやって動いているということを知らないから無理もないのかもしれない。
「ここでいいか」
「静かなところで詩舞と二人きりになったら変なことを言っちゃいそう」
「俺が? それとも理央がか?」
「僕だよ、涼成ばかりじゃなくて僕にも構ってほしいって言うだろうね」
「言えばいいだろ、俺といるのは好きだからとかそういうことじゃないって本人は言っていたぞ、俺としては理央か他の男子に興味を持ってもらえた方が落ち着けるから頑張ってほしいところなんだけどな」
こういうことを口にしたのは初めてだったから諸永がいてくれなくてよかった――とはならなかった。
柱に隠れてこっちを見てきていることに気づいて普通に怖くて逃げたのだった。
「ん……?」
「起きたか」
もうちょっと歩けば彼女の家に着くというところまできているのになんとも呑気なものだ。
「え……? いや、なんで私は運ばれているの?」
「なんでって一時間の約束だったのに起きなかったからだろ、声をかけても起きなかったら運ぶと寝る前に言っておいたよな?」
そういう約束をしていなければこんなにリスクのあることをしていない、帰ってもいなかっただろうが少なくともただ待つだけだった。
「そういえばそうだったわね、それにしてもなんでこんなにいっぱい寝ちゃったのかしら」
「暑いからちゃんと寝れていないとかなら気をつけろよ」
「いや、食欲も睡眠欲もいつも通りあるのに不思議だわ」
それなら放課後の教室が静かで涼しくてよかったからだろう、帰らずにじっとしていると動きたくなくなる力が働くからこれも妄想とはならない、あとはあの子が言っていたように敢えて無駄だと思われるようなことをすることで楽しんでいるのかもしれなかった。
「着いたな、それじゃあ下ろす――そんなに力を込めなくてもいきなり落としたりとかはしないぞ」
この前のことを思い出して嫌な汗が出た、俺の命なんか簡単に消してしまえるような力がある。
残念ながらまだまだ死にたくはないから殺すにしても俺が五十歳ぐらいになってからにしてほしい、色々とやりたいことが多すぎるから仕方がない。
「いや、どうせならこのままあんたともうちょっとぐらいは歩きたいなって」
「バカップルでも多分こんなことはしないぞ」
「じゃあ手を繋いで歩く? あんたが受け入れてくれるとは思えないけどね」
「少なくともいまの関係のままなら駄目だな、お互いに好きならそういうこともありだけど」
だから下りてもらった、そうしたら滅茶苦茶嫌そうな顔をしていたが。
正直、なにを求めているのかがまるで分からない、友達としてなら十分付き合っているわけだから彼女の理想に近いと思う、寧ろ俺が勘違いをしてアピールをしてくるような男ではなくてよかったと思ってほしいぐらいだ。
「はぁ、私がそのつもりで動いていても相手がずっとこうだとどうしようもないわよねぇ」
「友達としてちゃんと付き合っている、いまの俺ならこの前諸永が求めていたそれと合っているだろ」
「じゃああんたは私にいてほしいって思っているの?」
「まあ、もう関わってしまったわけだからいてくれないと気になりそうではあるな」
「まるで変わっていないじゃない」
家が目の前にあるのに歩いて行く彼女の背にそれなら理央も変わらないだろ、それなのに理央に言わないのはなんでだよとぶつけた。
友達みんなに求めるのであればそうなっていてもおかしくないのに俺にだけ言うから余計にずれていくのだ。
「また理央だけ特別扱いか? もうこの時点で答えが出ているんじゃないのか」
「あんたはなにも分かっていないわ」
「俺は諸永や理央じゃないんだから分からないよ、そしてそんな分かりきったことを何度も言ったところで意味なんかな――」
追っていたわけではなかったから確かに距離があったはずなのに一瞬で無意味なものとなっていた、こちらを見下ろしているその顔も目もどちらも酷く冷たい。
「期待した私が馬鹿だったわ、そうよね、あんたってそんな人間よね」
「そうだ」
「もういいわ、短かったけど今日までありがとう」
そうか、なら帰るとするか。
そんなに汚れてはいないだろうが手で叩いて汚れを落としてから歩き出した。
家に着いたら出されていた課題をやって、母が帰ってくる前に今日はご飯を作っておいた。
これまでもこうしておけばよかったのに母が帰ってくるのを馬鹿みたいにぼけっと待っていて馬鹿だった、これからはまた暇な時間ができるから無駄にはしない。
手伝うだけだったら微妙ではあるがそこにバイトで得た金を加えれば違うわけで、やっとまともに返していけそうだ。
「ただいま――あ! ちょっと涼成!」
「そんなに興奮してどうしたんだ? 体に悪いからやめた方がいいぞ」
なんかいちいち反応が若い、下手をしたら俺よりもそうだった。
多分、諸永や理央はこういう友達というのを求めているのだろうが、俺に期待するのは間違っているからさっさと諦めて他を探してほしいと思う。
というか既に諸永はそのつもりで動き出そうとしているところだろうからこんなことを考えるだけ無駄かもしれないが。
「なんで作っちゃったの、今日は外食に行こうと思っていたのに」
「お、おいおい、それならせめて連絡をしてくれよ、なんで敢えて俺が動いたタイミングでなんだよ」
「そもそもね、涼成が作る必要はないの、それぐらいは私がやらなければならないことなんだよ」
別に母が絶対に作らなければならないなんてルールはないのだから変な拘りだ。
「でも、せっかく作ってくれたわけだから今日は食べさせてもらおうかな」
「いや、俺が食べればいいだろ、母さんは食べてくればいい」
「はあ!? はぁ、一人で食べに行ってもつまらないでしょうが!」
諸永かよ、学生時代はあんな感じだったのだろうか、ただ、父は俺みたいに何度もミスをしたりはしていないだろうから苦労も少なそうだった。
だからもし父も同じだったとしたら遺伝してるから仕方がないということになる、まあでも、自分から近づく人間ではないことがそのまま相手のためになっているわけだから悪い結果とは言えない。
これまでだって興味を持たれて近づかれて、だけど本当のところを知って離れていかれるという経験を何度もしているからそう珍しいことではないしな。
「行きたいなら行ってくればいい、俺が作ったご飯なんかいつだって食べられるんだからな」
「理央君や諸永ちゃんが苦労するわけだ……」
「理央にはそうだろうが諸永にはもう大丈夫だぞ」
理央には少なくとも高校を卒業するときまでは付き合ってもらいたかった、その後は別に無理をしなくていいからとにかくそのときまでは頼みたい。
その際も自分から近づくようにしなければ常時迷惑をかけることになることはないだろう、一応こっちも考えて行動をしていれば可能性は高まる。
「ん?」
「とにかく食べよう、いまならまだ温める必要もないからな」
今更だがこの前のあれが相当むかついていたんだなと気づいたのだった。
「いらっしゃいませー」
なんとなくそのときだけ気になってよく見てみたらあの子が来ていた、いや、それだけではなくなにか言いたそうな顔でこちらを見てきている。
これは自意識過剰ではないだろう、が、そんなのに付き合っている余裕はないからとにかく作り続けることに集中する。
日によっては休憩時間の開始である十五時頃ぐらいまで来続けることもあるのがこの店なので、お客が来なくて心配になるようなことが少ないのはいい点だろう。
「今日は特に忘れ物とかもしていないのにどうしたんだろう? あ、一青君は休憩してね」
「分かりました」
混んでいてよかった、もし混んでいない状態だったらどうせこの時間に合わせて文句を言われていただろうからだ。
それでも前みたいなことが起こらないように外で休憩するのはやめた、が、これだとこれで問題は出てきてしまうことになる。
「邪魔なんだけど」
「ここは確かに狭いけどそっちにも座れるだろ」
「ここがお気に入りだからどいてよ」
ということらしいのでずれることにする。
なんでここにしたのだろうか、何回も通っていて気に入っていたとしても俺がいるということで普通は避けると思うが、俺中心で回っていないのだとしてもやりづらさなんかの方が勝ちそうなものだが。
「顔を見ているだけでむかつくから外に出てよ、あんたはそういうのが得意でしょ?」
「顔を見ているだけって見ていなかっただろ」
「いいから早く出てよ」
まじかよ、まさかここまで理央に似ているとは思わなかった。
俺が振った後の理央はいつもこんな感じだった、所属しているクラスだからこそ教室にいるのに「顔も見たくない」などと無茶を言ってきていた。
もちろん言うことを聞いたりはしていなかったが、ここまで同じだと逆に面白くなってくる。
まあ、簡単にむかついたりしないよううにできているのはいいことなのではないだろうか、感情的になったところで得られるのは相手の中にある悪い感情だけだからこれでいいよな。
「やっと出てきましたね」
「ここの料理ならなにが好きだ?」
「え? って、答えませんよ」
内にある椅子が一つ置いてあるからそれに座って彼女の方に意識を向ける。
「言葉で責めたいだけならM男相手にしておけよ、そうすれば金でも貰えるんじゃないか」
「それよりあなたと諸永さんがいまのままだと困るんですけど」
「と言われてもな、今回は俺が逃げたわけじゃなくて諸永が終わらせてきたからどうしようもないぞ?」
「休憩時間が一緒ですからいまそこにいますよね? 連れてきてくれませんか」
「顔も見たくないと言われて追い出されたから無理だ、連絡先を交換しているんだろ? それで呼び出せばいい」
中学生の時点でスマホを持っているなんて俺からすればありえないことだがな、いつの間にそこが変わっていったのだろうか。
女子だから普通なのか? だが、そういう物を持っていたばかりにそれを使って苛めなんてニュースも最近目にするからいいのかどうか分からない。
「あれ、帰ったんじゃなかったの?」
「ここでずっと待っていたんです」
「それなら早く連絡してきてよ、なんか申し訳なくなっちゃうからさ」
よし、これで俺は内側に――な、なんだこいつ、考えて行動しようとするとすぐにこういうことをしてきやがる。
「そういえばこいつがごめんね、色々と迷惑を――」
「正直、諸永さんも変わりません」
「ひどっ、さ、流石にこいつと同じ扱いは――」
「こいつって言うのやめてください」
いまは味方みたいになっていてもどうせ二人きりになれば戻るからありがとうと礼を言う気も出てこなかった。
そもそもこいつらは俺に自由に言い過ぎなのだ、相手が怒らないからって自由に言葉をぶつけていたらこの先後悔することになる。
でも、別に仲のいい相手でもないから注意みたいなこともしないがな、そういうのは彼女達と親しい友人がちゃんと言ってくれるだろうよ。
「……あんたなんか頼んだの」
「頼んで聞いてくれると思うか?」
「……自分のしたいことを優先する日出美ちゃんが言うことを聞くわけがないか」
彼女は「なんかそれだと自己中心的な人間みたいじゃないですか」と不満そうだったが実際にそうだった。
「えっと、日出美ちゃんはなにを求めているの?」
「一青さんと仲良くしてほしいんです」
「じ、自分がすればいいんじゃない?」
「私には彼氏がいるので無理です、で、あなた達みたいな二人を見るとお節介を焼きたくなるんですよ」
「でも、もう期待するだけ無駄って答えが出たから」
なんかこの二人のやり取りよりもたまには頼んで食べるべきだろうかという考えが強くて正直どうでもよかった、バイトでも店員なら安く食べられるから辞める前に食べておいた方がいい気がする。
「はぁ、一青さんはそこに関してだけは一貫していたのに勝手に近づいていたあなたがそんなことを言うんですね、勝手過ぎます」
「し、仕方がないじゃない、なにをどうしようと変わらないんだからそれなら他のところに行った方がいいじゃない」
「じゃあもう言いません、一青さん、これまですみませんでした」
今度こそ言うことを聞いたりはせずに中に戻った、そして考え通り頼んでみた。
ホールの人も頼んでいたから迷惑ということもないだろう、だが、そんな少しの不安は「すぐに作るからねっ」と嬉しそうに見える店長でどこかにいったのだった。
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