08話.[前とは違うだろ]

「ま、待ちなさいよ」

「あの子にああ言われたから動いているんだとしたらやめておけとしか言えないぞ」


 名字でも名前でも呼びにくいって最強だろ、変に関わっているせいでこういうことが増えると少し面倒くさい。

 でも、あいつとかお前とかそういう風には言いたくなかったから本人がいるところではあんたで、いないところではあの子にしている。

 結構そういうのを気にしてしまうんだよな、その間に自分が自由に言われていたとしてもこのくそとなって変えたりは――諸永や理央にはしたことがあるからあの子限定の話でしかなかったか。


「……それもあるけど、確かにちょっと勝手すぎたかなって」

「じゃあまた公園に行くか、そこなら諸永も話しやすいだろ」

「家の客間でもいい?」

「は? やめておけよ」


 俺が上がりたくねえよ、なんで喧嘩状態みたいなものなのに相手の家になんか上がらなければならないのか。

 できればいまだってすぐに帰りたかった、それで母作のご飯を食べて休みたかったというのに情けない自分が出てしまったのだ。


「ちょっと寝転びながら話したいの、足が痛くてずっと気になっていてね」

「じゃあ運んでやるから家の前で話そう」

「……いいの?」

「ああ」


 あの店からは何度も言うが距離もないからすぐに着いたのはよかったものの、とても外で話そうとしている感じではなかった、それどころか下りる気配もなかったし、なんなら鍵を渡してきたぐらいで呆れた。


「足が痛いってどうしたんだ、体育とかもあったけど激しい運動をしたりはしていなかっただろ?」

「……恥ずかしいことにここで転んでしまったのよ」

「大丈夫とか言ってなにもしなかったんだろ、痛くなったら甘く見るなよ」

「……あんたのせいでもあるんだけどね、そのせいで考え事をしながら歩くことになって転んだんだから」

「なるほどな、でも、今回終わらせてくれたのは諸永だぞ? 前とは違うだろ」


 いいことではないから気持ちがいいわけではないだろうが、少なくともむかつくようなことはないと思う。


「それこそ前とは違うわよ、……休憩のときのあれだって恥ずかしくなって出ちゃったの」

「はは、恥ずかしくて顔も見たくない発言をするとか諸永はやばいな」


 理央と同じだと見えていたものの、そこは違うみたいだった。

 いやでも少しだけでもそう思っていなければ出ないわけで、このまま続けさせておくのは危険だろう。


「だ、だからこそ日出美ちゃんの正論が物凄く効いたけどね、後輩に言われないと戻れないとかやばいわ」

「え、それはやめておけよ」

「や、やっぱりあんたさえよければ――ちょっと出てくるわ」


 電話に出たかと思えば何故か理央を連れて戻ってきた。


「理央、日曜でも二十時ぐらいまではやっているはずだろ?」

「それがなんか急に終わることになってね、家に帰るのも違うから涼成のお家に行ったんだけどまだ帰ってきていないって言われちゃってさ」

「ああ、諸永から話したいことがあるって言われて付き合っていたんだ」

「うん、それは見れば分かるよ。でも、涼成は本当に変わったね、僕の家にならともかくとして詩舞のお家に上がらせてもらうなんてさ」


 自分から上がらせてもらったわけではないということを一応言っておく、自分から家に入らせてくれと頼んだわけではないから俺としては変わっていないとしか言いようがなかった。

 つまり俺に変わることを求めている彼女からすれば物足りないわけで、結局戻してもまたすぐに同じようになることが容易に想像することができてしまうからやはり止めておいた方がいい。

 このタイミングで理央が来たというのも偶然ではない気がする、ここで一つ男らしいところを見せてやってくれないだろうか。


「理央、私は涼成がいいのよ」


 いや、彼女に対してそういうことを求めていたわけではなくてな? つか、俺達野郎二人よりも積極的すぎる。

 そういうことに関しては女子の方が強いのか、人によるだろうがそれだけ真っ直ぐとも言えるのかもしれない。


「うん、だって一緒にいるってことは微妙な状態ではなくなったってことでしょ?」

「え、気づいていたの……?」

「分かるよ、詩舞も涼成もいつも通りではなかったもん。でも、苦労しそうだね、だって涼成が積極的に詩舞を求めるところが想像できないからさ」


 苦労しそうだねではなく苦労している状態だからこの先いいことはなにもないだろ、それなのになんでかまた戻ってきてしまった。

 俺の普通からは外れる人間で、言葉だけではどうにもならない人間で、だが、失敗ばかりをしているのにチャンスをくれる人間でもある。


「まだ一年生だからゆっくり時間をかけて頑張るわ、そうすれば卒業する前に涼成から抱きしめてくれたりとかするようになるかも」

「えー、涼成がするかなぁ」

「た、多分? さすがに関係が変わった状態でいれば求めてくれるようになるわよ」


 そりゃ関係が変わればそうだろう、自分の気持ちに正直にならずに我慢ばかりしていてもアホらしい。


「あ、いまから頑張るんじゃなかったの? もうお付き合いを始めていたんだ」

「あ、ま、まだだけど、私は微妙な状態のときに色々考えてそのつもりになったわ、恥ずかしくて顔も見たくないとか言っちゃったけど……」

「それは詩舞が悪い、涼成もよく一緒にいられているよね」

「あっ、……って、そうよね、優しさに甘えてしまっているようなものよね」


 変なところで俺に投げてくるなよ、何故か二人ともこっちを見たまま黙ってしまったからなにも言わないでいることはできそうになかった。


「俺は正直、ここまで理央と一緒なのかと笑ってしまったけどな」

「あー、振られた振ったの後は顔も見たくないとか言っちゃったよね……」

「だからお似合いだと思っていたのに諸永はなんかずれた選択をするよな」

「それだけ違うってことじゃない?」

「本当にMなのは諸永だったということか」


 あ、いや、そもそもMかなんて内で呟いて固まっている彼女の顔の前で手を振る、気絶しているわけではないからすぐに「なに?」と反応してきたがなんでもないと答える。


「さてと、そろそろ帰ろうかな、お腹が減っちゃった」

「じゃあ俺も――」

「涼成はまだいてあげてよ、僕が来たことで大事なことを話せていないでしょ?」


 今度はこちらが固まる羽目になったが彼は「進展したら教えてね」と言って出て行ってしまった。

 二人きりになったからって特になにかが分かりやすく変わったりはしないものの、三人でいてもそれは同じことだから止める気も出てこなかった。


「ということだけど、あんた的には大丈夫? いやもう顔も見たくないとか自由に言っておいてあれだけどやっぱりあんたがいいのよ」

「また同じようなことになるかもしれないぞ」

「でも、仲良くできていた方がいいから、バイトのときも協力しやすいからさ」

「そうか、じゃあ……いいんじゃないのか」


 俺からなにかを言ったわけでもないから彼女がそうしたいのであれば動けばいい。

 最初からそこを拒んでいるわけではないしな、 何度も言うがこちらが変えてから他の男子のところに行かれるのが嫌だっただけの話だ。


「えぇ、それだと困るわよ」

「なにが不満なんだよ、受け入れているようなものだろ」

「そこはほら、『分かった』とか言ってほしいじゃない」

「諸永も乙女だったってことか」

「当たり前よ、だからこそ複雑なことになっていたんでしょうが」


 また叩かれても嫌なのと腹が減ったから帰ることにした、いつもこういうときに帰ってんなと内で呟きつつ歩いて行く。

 なんか変なのも付いてきたがご飯が食べられればそれでいいからなにも言うことはしなかった。


「よかった、まだ終わっていなかったんだね」

「終わったはずだったんだけどな」


 付いてきたうえにご飯も食べるとか山賊かよ、だが、母が嬉しそうだからいいことなのか?


「一緒にいた方がいいよ、だって涼成も楽しそうだもん、すぐに余計なことを言っちゃうけどなんだかんだ付き合っちゃっているしね」

「そうかもな、おい諸永、俺の分を食べるなよ」


 とはいえ、がつがつ食べられていると自分の分がなくなるかもしれないと不安になってついつい止めてしまった。

 理央がいたら高確率で「涼成は駄目だね」と言われる場面だと思う、あの子みたいに隠れて待っていなくてよかった。


「違うわよ、私にもくれたの」

「つまり俺の分だろ」

「そ、そうかもしれないけどお母さんがくれたんだからいいじゃない」

「まあいい、ちゃんと味わって食べろよ、がつがつ食べるな」

「当たり前じゃない」


 食べ終えたら送り帰そう、それでゆっくり休むのだ。

 いいことがないわけではないが疲れることも多いから俺にとって得なのかどうかは分からなかったのだった。

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