06話.[相手をしてくれ]
「もう七月ね、少し暑くて気になるわ」
「ちゃんと水を飲んでおけ、炭酸とかじゃ駄目だぞ」
あと働いているからって油断して使っているとあっという間に終わるぞとも言っておいた。
少なくとも俺はそんな状態になってはいないが、飲み物なんかを買う回数は増えたから気をつけておいた方がいいと意識して行動をしている。
必要になったときにありませんでしたでは困るから貯めておいた方がいい。
「でも、ついつい甘い飲み物に頼ってしまうわよね、お風呂から出た後なんてアイスを食べるのは当たり前だし」
「それはそれこれはこれだ、それにアイスを食べたってなにも問題はないだろ」
とはいえ、頑張った褒美としてならありなのではないだろうか、気まずくてその状態をなんとかするために○○を買う、なんてことよりもよっぽどいい。
「いやほら、蓄えちゃうかもしれないでしょ? 私としては細いままでいたいから不安になるときがあるのよ」
「ちゃんと考えて行動できるのはいいけど我慢をしまくりそうでこっちが不安になってくる」
「や、そこまでではないけどね、昨日も一昨日もミルク味のアイスを我慢できずに食べちゃったわよ」
まあ、味の話はどうでもいいが上手くやれているのであればそれでよかった。
引き続き歩いていると「あ、ここに寄ってもいい?」と彼女が聞いてきたから頷いて付いていく。
ファミレスとも喫茶店とも言えない曖昧な店だ、静かで中々に過ごしづらい。
そもそも飲食店に行くということをあまりしない自分にとっては外でなにかを食べるということ自体が微妙なことだと言えた。
「ここの料理が美味しいのよ、あんたにも知ってほしかったの」
「それならおすすめを教えてくれ」
「いや、あんたが気になった料理を注文してほしいの」
どうせ食べるなら腹いっぱいになれた方がいい、そのためどうしても茶色系を求めてしまう。
それなりに量があるからどれにするべきかと悩んでいたら「あはは」と急に彼女が笑って意識を持っていかれた。
「そんなに怖い顔で料理を選ぶ人間、初めて見たわ」
「色々あるから難しいんだよ、やっぱり諸永が選んでくれ」
降参だ、ここで一生懸命になるなんてらしくないから彼女に任せてしまおう、ちなみに俺に興味を持つということはこういうことをすることにもなるんだぞということを知ってもらうためでもある。
その点、あの子はもう近づいてきていたりはしていなかったから賢かった、本来であれば高校生の彼女もそうしてほしいところなのだが全く真逆のことをしているからどうしようもないのだが。
「んー、まあいいか、じゃあ私と同じやつでいい?」
「ああ、それで腹いっぱいになれるならな」
「大丈夫、量も多いから男のあんたでも満足できると思うわ」
それはそれこれはこれというやつなのだろうか? それとも俺と同じようにどうせ外で食べるからには腹いっぱい食べたいということなのだろうか。
彼女が注文してくれた後もメニューをゆっくり見ていたのだが、そもそもこの店の料理全般が多めになっているみたいだと分かった。
俺としては食べたいのに我慢なんかする人間よりもちゃんと食べてくれる人間の方がいい、女子でもないし自分だけが沢山食べるみたいで恥ずかしいとかそういうことでもないがな。
「あんたはなんだかんだ言いつつも付き合ってくれるからそこで不安にならなくていいのは大きいわ」
「ちゃんと言われてからじゃないと動けないけどな」
「自覚できているなら直そうと動きなさいよ」
「無茶を言うなよ、俺が相手の場合は全部を変えろって言っているようなものだぞそれは」
意識しただけで直せるならこうはなっていない、分かっていることを敢えて重ねていくのになんの意味があるのかと言いたくなる。
だからそういう俺だと分かっていながら近づいてきているのが彼女だ、嫌ならやめればいい。
幸い、ある程度踏み込んでからではないからお互いにとって影響を残さないだろう、俺の方が間違いなくそうだ。
「涼成、私はこのままでは嫌よ、あんたからも求めるようになってほしいのよ」
「求めるって一緒にいたいという考えになればいいのか?」
「それもあるし――あ、いや、そうね、まずはそこからよ」
現時点では誘われたから出てきただけで自分から誘いたいと思ったことはないわけで、彼女からしたらそれでは物足りないということだ。
こういうときに頑張ってまでほしいわけではないと片付けて生きてきた人間にとって中々に難しい要求だった、それに彼女限定で変えていれば結局気に入られようとしているように見えてしまうことだろう。
相手によって態度を変えているということだから褒められるようなことではなかった、これで一緒にいられるようになったとしても手放しで喜べることでもない。
いいのか? というか、それこそ理央みたいにしてきているわけだが本当のところを知っておかないと踏み込むこともできないぞ。
こちらが変わってから「理央がいいの」なんて言ってきたら今度こそやられる可能性がある、俺だってなんでもかんでも我慢できるわけではない。
「諸永、それならもっとはっきりしてくれ、理央とか他の男子を選ぶつもりでいるならもうこんなことはやめた方がいい」
「友達として仲良くするのも駄目なの?」
「そうやって要求してこなければ構わないけどそうじゃないだろ」
「え、でも、友達にこういうことを求めるのは普通じゃない、相手にも一緒にいてほしいと思うじゃない」
「俺にとっては違うんだよ」
料理が運ばれてきて一旦終了となった、冷めたらもったいないから仮に彼女が終わらせるつもりがなくてもこちらを優先しているところではあるが。
量もあるし味も問題ない、たまにであればまた行くのもありかもしれないなんて偉そうに考えた。
「無理よ、私は一緒にいられる相手にはそうやって求めるの、特別な感情を抱いているからとかじゃないんだからいいでしょ?」
「じゃあもう終わりだな、短かったがありがとう」
「は」
一気に詰め込んで金を置いて店をあとにした、寄り道をする意味もないから真っ直ぐに家を目指す。
やっぱり諸永にお似合いなのは理央だ、そういうのも全部受け入れてそのうえで上手くやってしまうはずだ。
根本的なところが違うというところで終わってしまう話だった、まあ、そういう問題がなければ理央以外にも友達がいたって話だよな。
「あ、帰る前に一青さんが帰ってきてくれてよかったです」
「ちなみに理央から聞いたのか?」
「はい、そうでもなければ知ることはできませんからね」
そうか、余計なことをしてくれるものだ。
でも、どうせやることもないから受け入れておいた。
「え、じゃあデート中に抜けてきちゃったんですか?」
「ちゃんと話を聞いていなかっただろ、ちゃんと聞いていればデートなんて単語が出てくるわけがないからな」
あのまま問題なく仲良くできていてもデートなんてする日は延々にこないだろうよ、もちろんそれも諸永が悪いわけではないからなにかを言えることではない。
俺は普通ではないのだ、それはこれまでろくに友達ができなかったことからも分かってしまう。
だからこれからも俺はずっとそれで、いつまで経っても変わらなくて時間を無駄にさせるだけだから終わらせてきたという形だった。
バイト仲間だから完全に離れることは不可能だが、まあ、自分から近づくことをしなければ迷惑をかけることもない。
「お金を置いて途中離脱とか格好悪いです」
「仕方がないだろ、俺と諸永は合わなかったというだけだ」
「一青さんは面倒くさいです、いちいち細かいことを気にし過ぎなんですよ」
「細かいことを気にするのは諸永とあんただろ。それに俺のことが分かってよかったな、これで時間を無駄にしなくて済む」
俺は学校生活とバイト生活に集中すればいい、そうすればあっという間に卒業のときがやってきて社会人になる。
社会人になれば流石の母ももう少しは受け入れてくれるはずだから期待している、俺も免許を取ったり車を買ったりできるから悪くない。
車に乗れるようになったら母と旅行に行ったり、一人で知らないところまで走らせたりしたかった、自宅と学校、自宅と職場までの移動だけで終わってしまうのはもったいないからな。
「人間なんて色々なことで無駄に時間を使いながら生きていくものじゃないですか、だからこれは間違っているとは思えません」
「少なくとも他のなにかで時間を無駄にしろよ、挑戦した結果のそれなら満足度も違うだろ」
ご飯を作れるように頑張るとか、積極的に他者に話しかけてみるとか、仮に失敗をしても挑戦した結果のそれなら自分を納得させやすい。
動いてもいないのにどうせ無理だとか言い聞かせようとしても期待してしまうのが人間で、そして自分のためであればとことん動けるのが人間だからそれがいい。
「あ、そういうのは聞くつもりありませんから、私は私がしたいことをします」
「で、いまあんたのしたいことはなんだよ?」
「諸永さんと仲直りさせたいです、簡単に言ってしまえば一青さんに素直になってもらいたいんですよね」
「自分に素直だからこそこうなっているんだろ? 俺が適当にはいはいと合わせる人間だったらまだ諸永と出かけていたよ」
分かっていないし多分分かろうともしていない、俺も彼女達もそう変わらない状態だった。
自分の言いたいことだけを言って相手がその通りに動いてくれるのを待っている、だが、そうはならないからこういうことになるのだ。
どうしても自分に甘くて他者に期待したくなるが、こんなことになるぐらいなら諦めてしまった方が楽ではないだろうか。
幸いなのが人と過ごせなんて言ってくる人間が大人にはいないことだ、小中ならありえたというか実際に言われたことがあるからその差に落ち着ける。
元々そういう場所だからこんなことを言うのは微妙かもしれないものの、中々にドライな場所でもあるのかもしれなかった、俺と違って助けてほしい人間にとってはあまりよくない場所かもしれなかった。
「協力してやるぞ、いまの微妙な状態でも呼び出すのなんて余裕だしな」
「興味がある、適当にそうやって口にしたわけではありません、ですがいまはそれを求めていません」
「悠長にしていたら終わるぞ」
こちらの場合は悠長にしていたわけではなく俺らしく生きていただけだが、小中学生時代は実際にそうだった。
通って授業を受けて帰っているだけでどんどん前に進んでいて、足を止めたつもりであっても変わらなかった。
そういうのもあって友達とわいわいできている人間はもっと早く感じていると思う、他者からすれば退屈な時間というやつが沢山あった俺でもそうなのだからただの俺の妄想とはならない。
「理央さんがいるからですか?」
「それもあるな」
「もしかして格好つけて譲ろうとしています?」
「譲るもなにも、別に諸永はそういうつもりでこっちといたわけじゃないぞ」
「そうですよね、じゃあなんで逃げてきたんですか? 結局、変わっていく自分を直視することになるのが怖かっただけでしょう?」
俺が格好つけているという前提で話してきているから全く噛み合わない、俺が避けたい延々平行線になることだから黙ることにした。
ただ、後輩に自由に言われてもむかつくということは全くなかった、少し面倒くさくもあるが言いたいことがあるなら言わせておけばいい。
これでなんらかの不満が出てきたとしても働くことでなんとかすればいいから思わず表に出してしまうなんてこともない。
「誰か来ましたね」
「時間的に母さんだろうな、買い物のときはああしてインターホンを鳴らすことがたまに――」
「諸永さんでしたね」
「……ちょっと出てくる」
なんで諦めるということができないのだろうか、それとも俺が簡単に諦めすぎなのだろうか?
「よくも先に帰ってくれたわね」
「金は払っただろ」
「お金の問題じゃないのよっ――って、もしかしてあんたっ」
「私が無理やり上がらせてもらったんです、一青さんはいつものように私に対しては厳しかったですよ」
「……仮にそうだとしても私と別れた後すぐに違う女の子と会っているなんて気になってしまうわ」
いつ彼女に厳しくしたのかを教えてもらいたかったが嘘はいけないから俺が上がらせたと言っておいた、気に入られようとしているわけではなくて俺が引っかかってしまうからでしかないから勘違いをしないでほしい。
「ごめん日出美ちゃん、ちょっとこいつと二人きりになりたいんだけどいいかな?」
「はい、それではまた今度会ったときに色々と教えてください」
「うん、約束するわ、ありがとう」
「いえ、気にしないでください」
だからそれは頼んでいるわけではなくて命令みたいなものだ、でも、彼女はそこを分かっていないのかあくまで頼んだつもりでしかいない。
「あのね、今度は簡単に諦めたりしないからね? あのまま無視を続けたままだったらあんたは一人でもいられたけど受け入れた以上は無理なのよ」
「でも、どうしても差があって無理だろうが」
だからこそこうなっているんだろ、そこが合っているのであれば、また、合わせられる内容だったらいちいち別行動をしたりする必要はなかった。
「えっとさ、あの後追加注文した料理を食べながら考えていたんだけど、変化を求めるなら付き合うつもりでいてほしいってこと?」
「付き合ってほしいとかじゃなくて、こっちが言うことを聞いて変えた後に理央とか他の男子と付き合い始めたりするのはありえないだろと言いたかっただけだ」
似たような感じに聞こえるかもしれないが実際に俺が求めているのはそこだ、別に彼女になってほしいなどと考えているわけではない。
「変化を求めるならそれ相応の態度でいろってことか」
「俺に求めるならな、でも、何度も言っているように変化を求めなければそのままでいられるんだから損をすることもないだろ」
「そうね、求めるなら私だって変えなければならないわよね、ただで変わってもらおうとするなんて違うもの」
微妙に噛み合っていないままで続けたところでいい方には変わらないと思うが、それに少しだけでもそうやって動いてみたらきっと本当のところが分かってすぐにやめるはずだ。
だったらある程度はやらせておく必要があるのかもしれなかった、少なくとも俺が言葉で止めようとするよりはよっぽどいい結果が出る。
「分かったわ」
「まあ、細かいことはともかく分かってくれたならよかったよ、じゃあそろそろ暗くなるから帰らないと――」
「送ってほしいの」
「まあ、帰ってくれるなら送るぐらいはするよ」
「そこはむかつくけどまだ仕方がないわよね」
いまから出かけるわけではないから金なんかを持って行く必要はないのがいい。
異性を家まで送るとか地味に初めてだ、こういうことを繰り返していく内になにかが変わっていくのだろうか。
まだしたことがないから俺でも分からない、でも、動いた結果が駄目なら前も言ったように納得させられるから逃げるべきではないよな。
「こんなに頑張ろうと思ったのは初めてかもしれない、それぐらい変えたくなる人間があんたよ」
「面倒くさい俺が変わったらもっと面倒くさくなるぞ、それだけは経験していなくても容易に想像できる」
「ふふ、じゃあその変わった面倒くさいあんたというやつを見られるように私は頑張るわ」
もの好きめ、後悔しても知らないからなと内で呟いて後半は送ることに集中した。
家に着いたら当然すぐに別れた、だが、そのまま家には帰らずに学校に向かう。
制服のままでよかったな、これだったらまた入ることが可能になるからやりたいことをやることができていい。
「あれ、涼成? なんでこんなところにいるの」
「ちょっと諸永のことで聞いてほしいことがあってな」
「詩舞の? 分かった、じゃあ帰りながら話そうよ」
隠してもどうせ本人が動く気でいるならすぐにばれるから全部教えておいた、そうしたら「あーあ、涼成はこれから同じようには過ごせないね」と言われて黙る羽目になった。
「それより詩舞のことを好きでいる人間に言うには中々に酷だと思うんだけど、そこら辺りは考えてくれなかったの?」
「叩かれたくなかったからだ」
「も、もうあんなことはしないよ、だけどそっか、詩舞がそこまで影響を受けているなんてねぇ」
「どうせすぐに飽きるだろ、そのときは俺の相手をしてくれ」
「ははは、叩いておいてあれだけどずっと一緒に過ごしてきたもんね」
そうだよ、だから本当ならこんなことにはならないのが一番だったのだ。
だが、もうやるだけやって本当のところを知って本人に諦めてもらうしか方法がないから形だけでも付き合うしかないという話だった。
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