03話.[早く来てほしい]
「あ、一青っ」
「……男子トイレの前で待ち伏せする必要はあったか?」
「だって今日はあんたが大人しく教室にいないからじゃない」
昨日のことがあったから教室にいないわけではなかった、単純に出たり留まったりしているだけだ。
別に悪いことをしたわけではないからな、あんなことでいちいち逃げたりなんかはしない。
「体調はもう大丈夫なのか? 店長も心配していたから今週の土曜日はちゃんと顔を見せてやってくれ」
「だ、大丈夫よ」
「あ、それでどうしたんだ?」
「あー……」
なんか言いづらそうだったから教室で友達と盛り上がっていた理央を無理やり連れてきた、ふざけて「大胆だね」なんて言ってくれたが無視をした。
「上がっていかなかった涼成は馬鹿だ、しかも無視をする涼成はもっと馬鹿だ」
「仲良くなければ普通そうするだろ、理央と諸永ってわけじゃないんだ」
「涼成はいちいち気にし過ぎなんだよ」
それよりも彼が来ても変わらないのは何故だろうか? 風邪とはいえバイトを休むことになってしまって申し訳ないということなら店長に謝った方がいいと思う、あの人はそんなことを求めはしないだろうがそれで気が楽になるということであればそうするべきだ。
「詩舞? もしかしてまだ体調が悪いの?」
「そんなことはないわよ、でも、もう授業が始まるから戻りましょう」
「うん、詩舞がそう言うならそうしようか」
が、次の時間もその次の時間も俺のところに来てはなにも言わない彼女となった。
教室から離れていなければ自然と理央も来てくれるから気まずい時間とはならないものの、そろそろ言いたいことをぶつけてきてほしい。
察してやることはできないからそういうことになる。
「うーん、今日は詩舞がおかしいね」
「理央が中途半端なところで帰ったからじゃないか? で、直接ぶつけるわけにはいかないから俺にぶつけることでなんとかしたいとかそういう可能性もあるぞ」
適当に口にしただけだからなにが本当なのかは分からない、分かっているのは同性と弁当を食べている諸永本人だけだ。
「え、詩舞なら直接言うよ、そういうところで遠慮がないのが詩舞のいいところなんじゃん」
「言葉で刺されて喜ぶとかMなのか?」
「少なくともSではないよね僕は」
ま、弁当を食べてまた歩くとするか。
食べ終えたら五時間目に使う教科書なんかを机の上に出してから教室を出た。
一年生とはいえ入学してからもう何度も歩いていて頻度的には見飽きているはずなのに全くそんな感じはしない廊下を歩いて行く。
途中、抱きしめ合っているカップル的な存在が視界に入ってきてうわと内で呟いてしまったがそんなものは見えていないふりをして歩いている内に消えた、そもそも初めてというわけではなかったから驚きも少なかったというのもある。
「ま、待ちなさいよ」
「さっきの女子かと思ったら諸永とはな」
しかもなんで前から来られるのかという話だ。
「今日はおかしいな、あんまり知らない俺でもいつもの諸永らしくないと思うぞ」
「そうね、私も同意見よ」
「あそこの段差に座って話すか」
「そうね、立ったままだと疲れてしまうもの」
でも、ちゃんと向き合ってきた結果がこれだから多分、この昼休みで前に進むことはないだろうと諦めていた、安心できるはずの理央がいてもあれだからこういう考えになっても俺がおかしいというわけではない。
「バイトのことが気になるのか、日曜は大して忙しくなかったからその点で気にしているなら――」
「バイトのことではないわ――あっ、そ、それだって申し訳ないとは思っているけどそうじゃなくて……」
「じゃあ俺が諸永の家に行ったことか? あれだって俺が家を知っていたわけじゃない、理央が無理やり教えてきただけだぞ」
「……違うわよ、ちょっと前までなら理央に頼まれても来ていなかったでしょ? それなのに昨日は来たから驚いていたのよ」
「これからはあんなことをしないと言ったはずだ、つまり諸永から逃げないって言ったようなものだからそんなものだろ。いまならバイト仲間でもあるし、バイト仲間とぐらいは仲良くできていた方がいいだろ? そういう作戦なんだよ、俺は俺のために動いているんだ」
早口になってしまったし、やはり彼女が相手だと余計なことを言ってしまうみたいだった。
気に入られようとした結果ということなら恥ずかしい、だが、唯一関われる、喋れる異性だからそういうことになるのかもしれない。
「作戦なの?」
「……作戦は嘘だ、ただ何回も無視をすると理央が変なことを言い出すからだな」
「ははは、簡単に想像できるわね」と彼女は笑ってくれたが、ずっと一緒にいるのであればコントロールをしてほしかった。
好きな異性に言われる方が言うことを聞くと思う、その点、野郎である俺が言ったところで「馬鹿だね」などと吐かれるだけだろう。
「でも、仲良くやれていた方がいいというのは本当のことだ」
「それはそうね、というか、一緒にいたようなものだったのにこれまでがおかしかったのよ」
「俺が逃げていたのもあるし、諸永が話しかけてこなかったのもあるよな」
「そりゃ逃げられていたら積極的に話しかけづらいわよ」
そうだな、俺でも合わない人間もいうということで同じような選択をする――いや、そういう選択をしてきたからこそ身近な存在なのにいまから仲良くするという話になっているわけだ。
「無視をすることはなかっただろ?」
「あ、そういえばそうね、うーん、じゃあもったいないことをしていたのかなぁ」
「もったいないことでもないけどな、理央や他の男子と仲良くした方が遥かに自分のためになるわけだから」
「……そういうの嫌い、別に自分を下げる必要はないじゃない」
とは言っても俺が彼女のためになっているんだ! なんて考えているよりはいいはずだ。
だからその点ではそうかで終わらせることはしなかった。
「じゃあ次からは忘れ物をしないで」
「うん、ごめんね」
「いいから職場の人には迷惑をかけないようにしてよ」
誰か来たなと思ったら店長の娘さんだった、四月の頃にもこんなことがあって嬉々として語っていたから間違いない。
「うぅ、またやっちゃったよ……」
「でも、いい娘さんですね」
「うん、自慢の娘なんだ!」
待て、店長の自慢の娘の話よりも諸永が来ていないことの方が気になる、まだ十五分前だから遅刻が決定してるわけではないが早く来てほしい。
で、そわそわしている間に「お、おはようございますっ」と爆音で挨拶をしつつ走ってきた諸永がいた。
「ははは、もう元気だね」
「先週はすみませんでしたっ」
「大丈夫だよ、今日も頑張ろうっ」
「はいっ」
店長も彼女も所謂陽キャというやつなのだろう、だからこういうのにはついていけない。
まあ、ここではそういう明るさが求められているわけではないから別にいいか、もし明るい人間限定の場所だったら一日も働き切れずに終わっていたことだろうな。
「そもそも現時点でも微妙か」
ホールの方は異性が多いから狭い休憩スペース的に外に出ることになる。
その方が気楽だからいいが、諸永という異性が増えたことでもっと大変になった。
「なんでそんなところで休んでいるんですか?」
「中だと狭いからだな、それより店長はまたなにか忘れ物をしたのか?」
弁当を届けに来てくれていたから携帯……というところか? 別に今朝のあれは店長が電話で頼んだというわけではなかったからその可能性が高い、店長にそういう時間はほとんどないし、別の物とはあまり考えられなかった。
「いえ、たまにはここでご飯を食べようと思って出てきたんです、これぐらいの時間なら身内である私が行っても迷惑にならないんじゃないかと一応考えまして」
「別にお喋りをするために行っているわけじゃないんだ、身内だろうがなんだろうが迷惑になんかならないぞ」
「なるほど、確かにそれもそうですね、それじゃあ――」
そのタイミングで諸永が出てきて彼女は挨拶をしていた、ちなみに諸永は挨拶を返してから「あんたいちいち出るんじゃないわよ」と文句を言ってきた。
「無茶言うなよ、あそこで休憩していたらぎゅうぎゅう詰めになるだろうが」
「いちいち大袈裟ね、それに私もいるんだから問題はないじゃない」
「いや、俺がまともに話せるのは店長と諸永だけだぞ」
必要最低限の会話しかしない、というかいらない、ちゃんと協力してやらなければならないことができれば十分だ。
「私よりも早く働き始めているのに情けないわねぇ」
「どうせ理央や諸永に比べたら情けないよ、でも、それで迷惑をかけているわけじゃないんだからいいだろ」
それぞれの普通が違うからこれを続けたところで延々平行線だ、だから情けないとか言われてもそれを素直に認めて終わらせてしまった方がいい。
こんなことで無駄に疲れていたら馬鹿らしいからな、これだったら仕事で疲れたいものだ。
「理央さん、私、知っています」
「び、びっくりした、まだいたのね、一青の友達?」
「店長の娘さんだ」
「えっ、へえ! 店長さんにこんなに可愛い娘さんがいるんだ!」
こういうところは理央とよく似ている、理央とお似合いだから早く付き合った方がいい。
というか、自由とはいえあそこまで露骨な態度でいるのになにも言わず、また、気づいているのにそれでもなにも言わずにいるのはなんでだろうか。
自分のことをもっと気にしてほしいからか? あくまで受け入れる気でいるがまだまだ足りないというところなのだろうか。
周囲に勘違いされないためにも簡単には振り向かないところを見せたいのかもしれない、理央は他の異性を好きになるよりも大変になったかもしれないな。
「それより理央を知っているみたいだけど学年は違うわよね?」
「お友達のお兄さんが理央さんのお友達なんです」
「へえ、ということは見たことがあるかもしれないわね」
「その可能性は高そうです」
諸永が「いまなら店長さんが作ってくれるから行ってきなよ」と言ったことでこのよく分からない時間は終わった。
彼女が去った後にこっちの腕を突いてから「あんたが無理やり呼んだわけじゃなくてよかったわ」とよく分からないことを言ってきた。
「いやほら、中学生の女の子と変に仲良くてもそれはそれで気になるわけだしさ、それも店長さんの娘さんとなれば余計にね」
「後輩の友達とか一人もいないぞ、俺は理央じゃないんだ」
部活をやっていたときは普通に話せてはいたが友達的存在は一人もいなかった、そのときも理央がいてくれたから求めていなかったというのが大きい。
人といることが嫌いではないが努力をしてまで友達がほしいわけではない、できるかも分からない曖昧な関係を求めるぐらいならここでいつも以上に働いていた方が間違いなくいい。
中学校のときもこういうスタンスでいたから急に変えたわけではなかった。
「別にそれはおかしなことじゃないけどね」
「なるほどな、それこそ諸永も露骨だ」
「あ、勘違いしないでよ? 別に理央だからおかしくないって言っているわけじゃないの」
「でも、俺が相手ならおかしいってなるんだろ? それなら同じようなものだろ」
「だから違うって……」
面倒くさい絡み方をしていないで飲み物でも買ってくるか。
休憩時間にこうして出ようと、店から離れようと自由だから歩くことにした。
ぼけっと座っておくよりも歩いた方が間違いなく自分のためになるし、まあ、ちょっとぐらいは金を使うことでモチベーションを上げようという狙いがある。
「一青さん」
「うお、店内に移動したんじゃなかったのか……」
俺に近づいてくる異性はこういうのが好きなようだった、これならまだ普通に声をかけてもらえた方がありがたい。
「実はこっそり隠れて話を聞いていたんです」
「そんな無駄なことはやめろ、時間がもったいない」
「ちょっとあの女の人に興味を抱きまして、スーパーからここに戻ってくるまでの時間だけでいいので教えてくれませんか?」
「俺もよく知らないんだよ、関わり始めたばかりみたいなものだ」
それに外にいたわけだから直接本人に聞けばいいのに、どうしてもということならこの前理央にそうしたみたいに連れてきたって構わない。
とにかく余計なことで体力を消費することにならなければそれでいいのだ、諸永が引き受けてくれるならそれほどありがたいことはない。
「無駄かどうかは私が決めます」
「じゃあ諸永を連れてきてやるからあそこでゆっくりしていろ」
「それも私が決めます」
もう外で休憩するのはやめよう、朝以外は入ってこられないからその方がいい。
このよく分からなくて怖い女子といるぐらいならホールで働いている人達といた方がまだマシだ。
あともう話すことすらやめようと決めたのだった。
「ねえ涼成、働くってどんな感じ?」
「俺に聞くなよ、俺に聞いたって金のためでしかないという答えしか出てこないぞ」
「でも、お金を得るために働いているわけだからそれでもいいんじゃない?」
「さあな、とにかく俺は金のためだ」
家事を手伝うとかそういうレベルではなくて直接金を渡すことでなんとかしたかった、いくら家事なんかを手伝って「ありがとう」と言ってもらえたところでこちらは満たされないからだ。
その内、それすらもエゴなのではないかと引っかかって駄目になっただろうからこれでいい、土日も家にほとんどいなければ電気代も安くなるしな。
親がちゃんと二人とも元気に存在していて、その内片方が滅茶苦茶稼いでいるということならこれすらも駄目になるが、そうではないのだから気にする必要はない。
問題は前にも言ったように母が素直に受け取ってくれないことだ、どうせ欲しい物なんかはないわけだから母が有効活用してくれた方がいいというのにこれだ。
だが、働き始めたばかりというのも影響していると思う、なのでこれが一年とかになれば受け取ってもらえるようになるのではないだろうかと想像していた。
「私ももっと自由に使いたいという考えからでしかないから一青と同じようにしか答えられないわね」
「それでいいでしょ、働くこともお勉強もちゃんとやっていれば誰にも文句は言われないよ」
「ま、赤点を取らないことが条件だからね」
「昔からその点ではなにも問題はないでしょ詩舞は」
「そうならないように気をつけているだけよ」
俺だって両立ができないと分かったら店長には悪いが辞めさせてもらう、余裕がない状態で続けても迷惑をかけることにしかならない。
でも、そうならないのが一番だから普段から真面目にやっているつもりだった。
「部活生活もいいけどお友達と頑張ってバイトをする生活も楽しかっただろうなぁ」
「あんたはそのままでいいのよ、好きな活動をして汗を流すっていいことじゃない」
「好きだけどたまに休みたくなるんだ、やっぱり中学校とはレベルが違うからさ……」
「まあ、そうなることを分かっていて入部することを選んだわけだからなんとも言えないところね」
俺が言わなくても彼女が勝手に考えて言ってくれる、彼女にそのつもりはなくても代弁者みたいなものだ。
楽だからこの先もずっとそうしてほしいものだ、もっとも、そうやって任せている内に二人の関係が変わって本格的に必要がなくなりそうではある。
もしそうなったら適当に歩いて過ごすだけだから問題はない、あるとすれば協力をしてなにかをやらなければならないときとかか。
特に組みたい相手と組め系だと理央や諸永の存在はありがたいわけだが頼れなくなるからな、いつまでも余っている俺というやつが簡単に想像できてしまう。
「詩舞に言われるとどうしようもなくなるからこれ系は涼成が言ってきてよ……」
「俺は諸永に任せているんだ、俺に言われるよりも納得できるだろ」
「だから効きすぎちゃうんだってぇ……」
効くならいいことだろ、どうしようもないことならいい方に捉えていくしかない。
そして元々いい方へ考えるのが得意な理央だからそれが合っている、だからどうあっても悪い方に傾く可能性は低い。
「ふふ、言葉で攻めてあげるわ、覚悟しなさい」
「ひぃっ、なんかやる気になっちゃっているよっ」
「あら、その反応は失礼ね」
離れよう、楽しそうだから壊したくない。
ついでに言えばあの一件で異性といない方がいいのかもしれないという答えが出かかっていたからそれを確かめるためでもあった。
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