02話.[自分でやるから]

「なるほどね、こんな感じか」

「とりあえず初休憩を迎えたわけだけどどうだ?」

「え、この感じで働いていればお金が貰えるということよね?」

「そういうことになるな」


 暇でも忙しくなくても給料は変わらない、まあ、土日は混むから休憩時間になる少し前と終わった後の少しの時間しか暇な時間というのはなかった。

 平日に出ることも一応不可能ではないがなにがあるか分からないからとりあえずは土日限定にしておくのがいいだろう。

 携帯料金を払ったりちょっと遊ぶ程度なら土日だけでも十分足りる。


「もっと細かく言えば諭吉が手に入るということよね? いいのかしら……」

「いいのもなにもそれが働くということだろ、無償でできるやつなんかほとんどいないんだから気にするな」


 彼女はともかく少なくとも俺はそうだ、金を貰えるからこうして働いている、時間つぶしができるならそれ以外になにも貰えなくていいなんて考えは微塵もない。

 でも、基本的にそんなものではないだろうか、違う人間がいるなら寧ろ見てみたいぐらいだ。


「だ、だって諭吉なんてお正月ぐらいしか手に入らなかったのよ?」

「はは、なんか意外だな」

「……別に演じているわけじゃないわ、本当に戸惑っているのよ」


 仕事内容が想像以上に難しくなかったのも影響しているのかもしれない、人付き合いが苦手な俺でも特に不安も不満もなくできているわけだからその可能性は高い。


「ふぅ、あんたは初給料、どういう風に使ったの?」

「一万円しか受け取ってもらえないとは思わなくて意地になって母さんを外食に連れて行ったよ、あとは携帯代とかを払っただけだな」


 いやとかでもとか言って受け入れようとしない母の腕を掴んで外に出た、外に連れ出してしまえば結構なんとかなる、何回もごめんとか謝ってきたが聞かなかったことにして母が行きたい店に行ってもらった。


「理央と遊びに行ったりしなかったの?」

「理央は部活があったからな、そういうことで金を使ったことはないな」

「ちゃんと貯めないといけないわね」

「ああ」


 こちらの方が早めに休憩となっていたからそこで終わらせてキッチンに戻る。

 足りない物をちゃんと出しているだけでお客が少ない休憩後の十五時、十六時、十七時はあっという間に終わっていく。

 まあ、十八時で上がるようになっているからここで少しだけ引っかかることもあるがいちいち口にしたりはしていなかった。


「もう十八時だね、今日もありがとう」

「ありがとうはいちいち言わなくていいんじゃないですか、当たり前のことをしているだけじゃないですか」

「でも、僕としては助かっているわけだからね、諸永さんもそうだよ、ありがとう」

「い、いえ……」

「じゃあまた来週もお願いね」


 これ以上はやる気もないのに残っていても邪魔にしかならないから着替えて帰ることにする。


「ねえ一青、やっぱり知り合いがいてくれるのは大きいわね、最初はちょっと怖かったけどあんたのおかげでなんとかなったわ」

「店長が優しいからだろ、あと、やっぱりこのことを理央に言っておいてくれ」

「え、いいの?」

「ああ、別に変なことをしているわけじゃないんだから隠す必要もないしな」


 隠しておく方が問題になるということに気づいていなかった、でも、ここで気づけてよかったと思う。

 俺的には自分が働いている店に知り合いがいるというだけのことでしかないが、まあ、少しでも役に立てたのならなによりだ。

 理央と過ごすということは=として彼女と過ごすことでもあるから仲良くやれていた方がいい、踏み込みすぎなければ大丈夫ではないだろうか。


「あ、私はこっちだから」

「諸永、これまで逃げていて悪かった」

「あ、色々言い訳をしていたけどやっぱりそうだったのね」


 一人でいるのが好きだからとか、トイレとか、やらなければいけないことがあるからなんて毎回理由を作って離れていたから違うとは言えない。

 よく考えてみなくてもかなり情けないことだ、後輩や先輩ではなく同級生から逃げていたというのが恥ずかしい。


「ああ、だけどこれからはあんなことをしたりはしない、これからよろしく頼む」

「うん、よろしく、それじゃあまた明日ね」


 別れて家に向かって歩いていた途中で足を止めることになった。


「仮に同じようにはしないのだとしてもわざわざ本人に言う必要はないだろ……」


 これではまるでいきなり気に入られようとしているみたいに見えてしまう、女子はそういうのに敏感だから近づいて来なくなるかもしれない。

 いやまあ別に仲良くやれていた方がいいと考えただけで実際に行動をしたわけではないから考え過ぎという面も、いや、帰ろう。


「ふふ、諸永ちゃんと上手く協力してできたみたいだね」

「俺より覚えるのが早かった、一日目からもう戦力になっていたよ」

「今度私もお昼に行っちゃおうかな、涼成が作った料理を食べたいよ」

「それなら家で作るよ、母さんには少しだけでも楽をしてもらいたいからな」

「それは駄目です、さ、洗い物でもしてきすかね」


 お客に食べてもらってそれ関連のクレームなんかは出ていないのだから信じてくれればいいのに……。

 どれだけ重ねてもここが変わる感じは全くしなかった。




「詩舞から聞いたけどあそこのお店で働いていたんだね、行ったことがないから今度行ってみようかな」

「値段もそこまでじゃないからいいんじゃないか、あ、店長が作ってくれた方が間違いなくいいだろうけどな」


 そもそも混雑時はお客をじろじろ見ている余裕すらないからどんどんと来てくれればいい、店長が悲しそうな顔をしていたら嫌だから沢山来てくれた方がいい。


「いやそこは詩舞に作ってもらいたいよ、中々『ご飯を作って!』とは言えないから飲食店なら自然とさ」

「言えばいいだろ、告白に比べたらなんてことはない」

「それは涼成が詩舞のことを好きじゃないからだよ、好きだったらなんてことはないことでも言えなくなっちゃうんだってば」


 好きになった途端に言えなくなるってどういうことだよ、経験したことがないから全く分からない。

 そこで諸永が来たから聞いてみることにした、「ちょっと涼成っ」と興奮している相棒は放っておいて彼女に意識を集中する。


「え、私も分からないわよ、誰かを好きになったことってないから……」

「意外だな」

「結構悪い方に考えて余裕がないときの方が多いからね、で、なに? 一青か理央が誰かに恋をしているの?」

「よく分からないから聞いてみただけだ」

「そ、そうそうっ、そういうこともあるって聞いたことがあるから経験値が高そうな詩舞に聞いたんだよっ」


 彼女は彼の腕を突いてから「だから経験がないって言っているでしょ、あんたの言い方だと遊んでいるみたいに聞こえるからやめてよ」と言っていた。

 彼も彼女とやり取りをして落ち着けているようだったから席に戻ろうとしたら自分の席だったことを思い出した、流石にこれには呆れた。


「あ、詩舞、今度この三人でお出かけしたいって話だけどさ」

「でも、合わないわよね」

「そうなんだよね、放課後は僕の方が駄目だからなぁ」

「テスト期間はお休みをもらうからそのときかしらね、一青もそれなら大丈夫でしょ?」


 おいおい、彼女もそっち側なのか、どうして前々から一緒にいる彼とだけ行くという選択肢はないのだろうか。

 それこそ彼女も彼のことを気にしていて、二人きりがいいなどと言ったら嫌われてしまうかもしれないとかそういう風に考えているのか? 悪い方に考えてしまうと先程言っていたからありえそうだ。

 全くそんな心配はいらないのにな、というか、彼女が二人きりが云々と言った瞬間に彼の中からこちらのことなんて消えるだろうよ。


「あー、俺は全部ちゃんとやっておかないと赤点になるから駄目だ、母さんにも『赤点を一度でも取ったらその瞬間にやめてもらいます』と言われているからな」

「今度は期末か、確かに私もちゃんと集中しておかないとやばいかも」


 違う違う、こっちに乗っかる必要なんかはない、その勉強だって彼と一緒にやって終わったら遊びに行けばいい。


「じゃあ夏休みっ、夏休みなら一日ぐらいは大丈夫でしょっ?」

「日数を増やすつもりだけど全部出るというわけじゃないからね、夏休みなら私は大丈夫よ」

「よしきたっ、そういう情報だけで部活動もお勉強も頑張れるよっ」


 どこが言えなくなっているのかがまるで分からなかった、そしてこの露骨な態度を見てどういう考えになっているのかが気になる。

 もちろん仲がいいわけでもなし、聞けるわけもないが、一緒にいれば「実は」と話し始めたりしてくれるのだろうか。


「はは、理央って露骨よね、まあああいうところも可愛いんだけどさ」

「なんの話だ?」

「そういうのいいから、理央は私のことが好きなんでしょ?」

「知らないぞ、前々から一緒にいるけどそういう話はしないからな」

「そもそも近づく前に好きなら~って話しているの、聞こえちゃったし……」


 気づいているのにはっきりしないなんて質が悪いな、彼女に限って反応を見て遊びたいとかそういうのはないだろうがはっきりしてやってほしい。

 無理なら無理でいい、少なくともいまの状態が続かなければ理央からしてもいいと思う。


「ねえ一青、実際に私達が付き合ったらどうなるのかな」

「変わらないだろと言いたいところだけど、そうしたら諸永からも求めるようになっていまよりもっと親密になるんじゃないか?」


 俺に聞くなよ、俺に聞いたところでなに一つとして本当のところなんて分からない、聞くにしても経験者に聞くべきだろう。

 経験がない俺に敢えて聞いて大した答えも出せずにいるところを笑いたいということならいいが、そうではないならそんな無駄なことはやめるべきだ。


「そう……よね、踏み込むわけだから上手くいけばいまとは変わるわよね」

「ああ、まあ、目の前でいちゃいちゃするのはやめてくれ、他のところでならどんな過激なことをしていようとどうでもいいからさ」

「どうでもいい……か、まあそりゃあんたが私の彼氏とかってわけじゃないから普通かもしれないけど……」


 仮に本当にどうでもいいのだとしても言葉選びをもっと考えてするべきだったと後悔した、それと微妙そうな顔をしている彼女が変なことを言い出すのではないかとひやひやしたのだった。




「いらっしゃいませー」


 今日は朝からずっと微妙だな、解凍が間に合わないとかそういうことにはならないから助かると言えば助かるようなそうではないようなという曖昧な状態だった。

 これだったらまだ一定であってくれた方がいい、一日だけ忙しくて他が暇なんてことになると微妙だとしか言いようがない。


「一青君、なんか今日は日曜日なのに少ないね、寂しいよ」

「そうですね、あ、これ切っておきます?」

「うーん、日付が変わるぐらいまでやるわけじゃないし……今回はいいかな」

「分かりました、じゃあ注文がくるまで洗い物でもしてきます」

「よろしくね」


 まあでも今日は諸永が風邪で休んでいるからこれでよかったのかもしれない、いや、お客のことを考えれば間違いなくよかった。

 忙しくなれば忙しくなるほどどうしても同じようなクオリティでは出せなくなるからだ、一応努力をしているがそれでも追いつかないことがある。


「諸永さんは大丈夫かな」

「俺の友達が側にいるはずなので大丈夫だと思います」


 土日は絶対に部活! なんて部ではないから理央でも行くことができた、ちなみに「今日はずっといるよ!」と言っていたから近くにいるはずだ。

 風邪で弱っているときに優しくされたら影響は大きいかもしれない、下手をしたら明日には「もう付き合い始めたんだよね」なんて言ってくる可能性がある。

 そうしたらやりづらさというのは完全になくなるから心からおめでとうと祝うことができるからできればそれでいってほしい。


「え、それってもしかして男の子だったり……?」

「はい、それがなにか問題ですか?」

「問題だよっ、だって諸永さんが取られちゃうんだよっ?」


 あーあ、出てきてしまった、店長は恋愛こういう話が好きだからこっちでも気をつけていたというのに残念だ。

 というか俺だからそんな話にはならないと思っていたのに結局こんなことになっている、嘘でも異性だと言っておくべきだっただろうか。


「無理ですよ、ほぼ両思いみたいなものですしね」

「だから絶対に土日に出てくれるんだ、唐突に多く出てって言っても言うことを聞いてくれるのは自分に恋は無理だからと諦めているからだよね?」

「え、こう言ってはなんですけど金を稼げるからです、それで少しだけでも母に楽をしてほしいんですよ」


 注文がきたから手を洗って作り始めた。

 話しやすい人だからついつい話してしまうが、働いている途中にするべきことではないだろう。

 ただ、店長と話そうと思ったらこういうときでもないと不可能なので、どうすればなんて考えてすぐに捨てた。

 自分から求めるようになると多分崩れていく、それなら現状維持が一番だった。


「「ありがとうございましたー」」

「一青君、せめてお家に行ってあげてね」

「え、だから必要ないですよ、俺と諸永は仲良くないですから」

「若い子がこれでいいのかな、ああ、僕はどうしたらいいんだろう」


 なにもしなくていい、店長としてここに存在してくれていれば十分だ。

 だが、今日変なのは店長だけというわけではなかった、終わって帰っている途中で『詩舞のお家に来て!』というメッセージが送られてきてため息をついた。


「ごめん一青、理央が馬鹿なことを言い出していなければそのまま帰れたのに……」

「いや、えっと、それより大丈夫か? あ、これ一応買ってきたんだ」

「ありがとう、上がってく?」

「汗もかいたからやめておくよ、また調子を悪くされても嫌だからな」


 金を持っておいてよかった、なにかしらのトラブルが発生した際に困るからと母に持たされていたが助かった形となる。

 あ、ちなみに家は理央が教えてきただけだから勘違いをしないでほしい、仲良くもない異性の家を把握しておいたりはしないぞ。


「ただいま――寝ているのか、母さん起きろ」

「……おかえり」

「眠たいなら気にせずに寝ればいいんだぞ」

「まあまあ、私がこうしたくてしているだけだから許してよ」

「いや、許すとか許さないとかそういうことじゃなくてだな……」


 ここがずれている限りは親孝行なんてずっとできなさそうだ、でも、不仲というわけではないからなんとも言えない気持ちになる。

 お互いがお互いのことを考えて行動することができているというわけだから本当ならいいことのはずなのだ、ただ、同じぐらい俺も母のために動けているならともかくそうではないから引っかかってしまっているということになる。


「ん? なんか買ってきたの?」

「ああ、諸永が風邪でバイトを休んだから必要そうなのを買って渡してきたんだ」

「え、やばい、明日は雨かも……」

「理央に来いって言われてな、風邪のときに行くならそういうのが必要だと思ったんだよ」


 滅多にどころか全くしないことだからそう言いたくなるような気持ちも――いや、流石にそれにしたって「雨かも」なんて発言はちょっとな……。

 常識があるというところに意識を向けてほしい、まあ、このことで「偉い」などと言われても固まってしまいそうだからなにが正解なのかは分からないが。


「へえ、へえ~、あの涼成が理央君に巻き込まれたとはいっても自分からそんなことをするなんてね~、少し前までだったら無視をして帰っているところなのにな~」

「母さん、若い女子みたいな反応はやめてくれ」

「これでもまだ四二歳なんだけどな、お友達からも『いつまでも若いね』って言ってもらえるぐらいなんだよ?」


 分かりやすいお世辞をそのまま鵜呑みにするのは危険だ。


「っと、それよりも早くご飯を温めないとね、ちょっと待ってて!」

「自分でやるから――」

「いいから待ってて!」


 一応寄ることはしたから理央から文句を言われることはないと油断していた自分、だが、携帯を確認してみたら『なんで上がっていかないの!」と納得ができていないようでため息をついた。

 何度も言っているように俺と諸永は大して仲良くはない、となればその相手の家に上がれるわけがないだろう。

 いつものように○○だったからなどと送ったところで延々平行線になるだけだから無視をすることにしたのだった、温めてもらったご飯を食べて早く休みたいというのが大きかったがな。

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