132作品目

Rinora

01話.[減らしてほしい]

「ちょっと涼成りょうせい


 学校に行くために玄関まで移動したタイミングで母が声をかけてきた、だが、何故か呆れたような顔をされていて気になった。


「お弁当を忘れないようにねって言ったでしょう?」

「あ、忘れてた」


 顔を洗う、歯を磨く、制服を着る――ここまでしたら学校に行くことしかやることがないからすっかり意識から消えていた。

 まあ、最悪は弁当なしでもなんとかなるというのも大きい、それが生死を分けるのであればもっと一生懸命になるだろうな。


「もう、しっかりしてよ、もう高校生なんだからそんな感じじゃ心配になるよ」

「とにかくありがとう、行ってくる」

「気をつけてね」


 頷いて外に出ると曖昧な空気が俺を迎えてくれた、春でもなく夏でもないそんな中途半端な時期だから仕方がない面はあるが。


「おーい!」


 足を止めて振り返ると友の顔が見えた、ただ、いつもであれば朝練に参加している時間だからこれも気になってしまう。


「涼成に追いつけてよかった、身長が高いのもあってやたらと歩くスピードが速いからね」

「朝練はどうした」

「今日はお休みだったんだよ! もうちょっとお休みの日があってもいいよねぇ」

「部活に入ることを選んだのなら文句を言うべきじゃないな」

「うっ、親友が僕に優しくないよ……」


 詳しく知っているわけではないがそれでも強豪校なんかに比べたら遥かにマシなはずだ。

 ちなみにこんなことを言っておきながら俺は中学のときに内側では文句を言いまくっていたから偉そうに言える立場ではない。


「あ、詩舞しまだ」


 諸永詩舞、彼女は彼、満木理央りおの友達だった。

 喋れないとかそういうこともないが、こちらと彼女は積極的に喋るような関係ではない、あと、彼は彼女のことが好きだからなるべく変なことにならないよう余計なことをしたくないのもある。


「今日も二人でいるのね、あんた達って腐女子が見たらいい組み合わせね」

「ふじょし……?」

「なんでもないわ、おはよう」

「おはよう!」


 こうして一緒に登校することはあっても喋る機会が少ないのは逆にすごいと思う、まあ、これもまた面倒なことに巻き込まれないように俺が拒絶オーラを出しているのもあるが。

 だからなるべく理央とは一緒に登校したくなかった、一人であれば彼女も話しかけてこないからそういうことになる。


「おい聞いたか理央、顧問が生徒に手を出して逮捕されたんだってよ」

「ええ!? て、手を出してって暴力を振るったってことだよね……?」


 いつもと違ったのは急にそんな話になったことだ。

 他の場所で起きたそういう事件であればテレビを点けていれば耳に入ることもあるが、まさか自分の学校で起こるとは思わなかった。

 あ、もしかしたらいいリアクションを見せる理央を驚かせたくてわざと言っている可能性も――ないか、そんな大きな嘘をついても自分の立場が悪くなるだけだ。


「よくないがその方がまだマシだっただろうな、実際は女子生徒に手を出してって内容らしいが」

「その話、本当なの?」

「ああ、学校に着けばすぐに分かるだろうよ」


 で、実際にそのことで今日は朝から慌ただしかった。

 もちろん全部の時間がそのことで割かれたわけではないものの、そういう話に興味を抱いてしまう生徒達はざわざわしていたな。


「ま、まさかこんなことになるとは」

「俺らには関係があるようで関係はないことだ、気にし過ぎだろ」


 顧問と言っても彼の所属している部の顧問がやらかしたわけでもない、だからそういうことがあったのか程度で終わらせておけばいい。

 そういう話で盛り上がりたいのであれば俺のところではなく他の同じように盛り上がれる人間のところに行くべきだ。


「涼成はおかしいよ、こんな大事件が起きてもずっと真顔なんだから」

一青ひととなんていつもこんな感じじゃない」

「詩舞までそんな感じなんだ……」

「別に自分がやらかしたわけじゃないからね」


 朝はともかく学校でこうなった際は自ら離れるようにしている、教室で数十人と過ごすのもあって、休み時間ぐらいは一人でいたいというだけのことだった。


「ねえ、私が近づいた瞬間に逃げるのは違うんじゃない?」

「休み時間ぐらいは一人でいたいというだけだ、別に理央だって俺が呼んだわけじゃないぞ」

「そんなことを続けていると理央も離れるわよ」


 いまの理央なら離れてくれた方が気楽だった、そうすればいちいちこうして移動する必要もなくなるからありがたい。

 まあ、別に俺が彼女と会話をしていようと嫉妬して八つ当たりをしてくる人間ではないだろうが、絶対に、なんて言うことはできないからな。

 なにかが重なればこれまで溜まっていた不満を抑えきれなくなって大爆発する可能性がある、だから俺はそのきっかけを作らないようにしているのだ。


「ちょっと二人ともっ」

「別に諸永が相手だから離れているわけじゃない、だから勘違いしてくれるな」


 次こそはもっと上手くやってみせる。

 大丈夫だ、まだ一年生だから卒業をするまでにはなんとかできる計算だった。




「おはようござ――」

「一青君! 悪いんだけど今日は二十時ぐらいまで頼めないかな!」

「またなにかがあったんですか?」


 前にもこんなことがあって時間を増やすことになった、俺的には問題ないがこんなことが何回もあると大丈夫かと不安になるから回数を減らしてほしい。


「それが急に行きたくないって言われちゃってね、来てと言っても無理と言われて駄目だから今日出てくれている人に頼まなければならなくなったんだよ……」

「俺ならいいですよ、なんなら休憩時間もなくていいぐらいです」

「いや、流石にそれは労働基準法的に無理だけど助かるよ、いつもありがとう!」

「いえ、気にしないでください」


 正直、理央と諸永のことを気にしなければならない学校なんかよりもここで働いていられているときの方が楽しかった。

 小中学生時代と同じで特になにがあるというわけでもないしな、ただ通って帰るだけの毎日では退屈だと言える。


「あ、そういえば今日は面接を受けに来る子がいるんだよ、それも女の子がさ」

「やっぱりホール志望ですか?」

「ううん、キッチンだって、ご家族のためにご飯とかを毎日作っていて得意だからだって言ってたよ」

「そんなに人数がいる場所でもないですけどね」


 二人いれば忙しい時間でもなんとかなるというか、三人とかいても厨房が狭すぎて困ってしまうという話だった。

 よく店長も愚痴っているがそこはどうにもならない、そのため、上手く配置してやっていくしかない。


「うーん、だけど作れるということなら僕が接客の方に回れるからね、正直、ありがたいかな」

「店長はお喋りが好きですよね」

「好きだよ! 好きすぎて喋ってないと死んじゃうぐらいだよ!」


 腕を組んでから「僕は人間界のマグロさ!」なんてよく分からないことを言っていたが水を差したりはしなかった、実際、このお喋り好きなところに助けられている面もあるからこれでいい。

 とりあえずいつまでもこうしているわけにはいかないから制服に着替えて掃除を始める、で、掃除が終わったら補充だ。

 どれだけ気をつけていても店が混むほどお客が来れば足りなくなるし、だからといって無限に出せるわけではないから入るだけ出しておく。


「あれ? 佐古さんが来ないぞ……」

「このまま来なかったら店長と俺だけですね、流石に二人だけってのは困りますね」

「ひぇぇっ、想像しただけで震えちゃったよっ、でも、なんらかのトラブルに巻き込まれた可能性もあるから電話をかけてくるね」


 四月から働き始めたばかりの俺としてもそんなことにはなってほしくなかった、が、もちろんそんなことにはならなかった。

 出るはずの人間がほとんど休むなんてそんな場所ではない、開店時間前にはちゃんと来てくれて店長も俺もほっとしていた。

 そして開店時間になってしまえばやることが多量であっという間で、まず最初の休憩時間を迎える。

 十一時から開店ってのも大きいのだろう。


「面接か」


 比較的お客が少ないいまの時間を使って行われることは分かっている、つまりいまこうしている間にも今日来た女子は試されているわけだ。

 朝のあの発言から受け入れる可能性は大だった、当日にいきなり行けないなんてことを言う回数が少ない人ならいいな。


「ふぅ、若い女の子と話す機会ってあんまりないからこっちがドキドキしちゃったよ一青君」

「お疲れ様です、ちなみにどういう人――なににやにやしているんです?」

「それがねえ、なんと一青君と同じ学校の子だったんだよ! しかも高校一年生!」

「へえ」


 まああの学校から近い場所にあるからそういうこともあるだろう、バイトだって禁止にされているわけではないから尚更そういうことになる。


「それとこの店を選んだ理由は一青君が働いているからなんだって!」

「は?」

「ひぇ!? ひ、一青君はいい子なのに顔が怖いよ……」


 なんか嫌な予感がするのと唐突に外の空気が吸いたくなったから裏から外に出るとそれが当たってしまった。


「どういうつもりだ?」

「私もお金が欲しかったというだけのことよ、あ、知り合いがいる方がやりやすいかなって考えもあったけどね」

「……ま、店長が受け入れてくれるといいな」


 いや、それよりもここで待っていた彼女に呆れる、俺が出てこなかったらどうしていたのだろうか。

 ずっと腰に手を当てつつ待っていたのだろうか? 全く関係ない立場からなら見ていたいが知り合いということになると話が変わってきてしまう。


「反対じゃないんだ?」

「安定して来てくれる存在を求めている、その点、諸永なら大丈夫だろ」


 俺は所詮四月から働き出した人間だ、だから反対して止められるような立場の人間ではない。


「ははは、まあ店長さんが受けいてくれればの話だけどね」

「それよりなんでここで働いていることを知っていたんだ?」

「ここが好きなお店だからよ、何回も通っている内にあんたがここで休んでいるのを目撃してね」

「俺は馬鹿だな」


 本当に馬鹿だ、休憩スペースが狭いからって外で休むべきではなかった。

 でも、これは隙を見せた俺が悪いということでもう片付けるしかない、それに多分、そういうのがなくても彼女なら働いていたと思うからだ。


「まあまあ、受け入れてもらえたらあんたが先輩というわけだからよろしくね」

「理央には言わないでくれ、来られると面倒くさい」

「言ってなかったんだ、私も働いているときにそうやって来られると困るから黙っておきましょうかね」


 残念ながらキッチンもお客から丸見えだから来てほしくなかった、からかわれたくないとかそういうことではなく気になってしまうからだ。


「あ、休憩時間に私がいたら休めないわよね、これでやらなきゃいけないことも終わったから帰るわ」

「気をつけろよ」

「ありがとう、あんたは頑張ってね」


 頷いて店内に戻り、決められた時間まで休んだら手を洗って持ち場に戻る。

 まだ二ヶ月にもなっていない状態だが、特に不安なことなどはなかった。




「ただいま」

「おかえり涼成、もうご飯はできているけどすぐに食べる?」

「先に風呂に行ってきていいか、時間が増えたのと季節も関係して汗をかいたから」


 汗臭いかもしれないからあまり近づいてほしくなかった、あと、この状態で食べるとせっかくの美味しいご飯も集中して食べられないから風呂が先だ。


「分かった」

「いつも悪いな、自分のために働いているのにこっちに合わせてもらって」


 渡しているには渡しているがそれでも一万だから大したことはない、俺としては半分ぐらい受け取ってほしかったものの、残念ながら断られてしまった形になる。

 母は一人だからこそ少しだけでも力になりたかったわけだが……。


「私は涼成のお母さんだからね、これぐらいは当たり前だよ」

「でも、作ってくれているだけで十分だぞ? 温めるまではやりすぎなんじゃないか?」

「お母さんはお母さん面がしたいの、だから細かいことを気にせずに親にはどんどん甘えて!」


 ……とにかく風呂に入ってご飯を食べよう。

 動いたことで腹は減っているから食べないという選択肢はない、これは学校のときでも同じことだ。

 休憩時間以外はずっと立って作業していたのもあってついつい長風呂になりそうになったがなんとか抑えて浴室から出る。


「いただきます」

「おかわりもあるからね」


 美味しい、だが、これなら出来立てが食べたいところだ。

 電子レンジがあるから温かい状態で食べられると分かっていてもついつい求めてしまう。


「なあ母さん、俺が働いているあそこに同じクラスの女子がくることになったんだ」

「それって諸永ちゃん?」

「……なんで分かったんだ?」


 いやまじでなんで分かったんだ、理央の話をすることはあっても諸永の話をすることは全くないから分からなかった。

 実は理央と一緒にいるところに遭遇して会話をしたというところだろうか、だが、それにしたっていまの内容から迷いなく諸永となるのはおかしすぎる。


「だって他の子ならいちいちそんなことを言わないと思ってね、涼成は理央君のことを気にして諸永ちゃんとあんまりいたくないんでしょ?」

「ぜ、全部当てるなよ、それに細かく説明したことはないと思うんだけど……」

「親だから分かるよ、あ、理央君が分かりやすいのもあるけどね――ん? こんな時間に誰か来たね」

「危ないから待っていろよ、俺が出てくる」

「分かった」


 変なのだったら迷いなく閉めるし、知っている顔だったら呆れるが果たして。


「あ、よかったよ家にいてくれて」

「そりゃこの時間ならいるだろ、どこかの誰かさんみたいに積極的に外出しようとしなければな」

「いや僕は部活があるからこれぐらいの時間に外にいるのは普通だよ、ちょっと上がらせてもらってもいい?」

「理央にあげられるようなご飯はないぞ、それでもいいなら自由にしろ」


 どうせ諸永がこそこそ行動しているとか付き合いが悪いとかそういうことだろう、実際に何回もあったことだからただの妄想ではない。

 飲み物を渡してこちらはとにかく食べていく、温めてもらったのに食べずに他のことをするなんて失礼だ。


「それで今日はどうしたの? 土曜日の夜に来るのなんて久しぶりだから気になっちゃうよ」

「あ、今度詩舞と僕と涼成でお出かけしようと考えていてね」

「え、そこに涼成は必要なの?」


 本当だよ、デートがしたいなら二人だけでしてくればいいし、俺は全部の土日に働くようにしてあるから出かけることはできない、テスト期間であれば流石に休みをもらうが特になにもないのであればそうなっているからどう考えても、どう工夫しようとしても不可能なことだった。


「必要だよ、だって最近は涼成とお出かけできていないからさ」

「でも、デートみたいなものなんでしょ? そこに涼成がいたら邪魔になっちゃうんじゃないかなぁ」

「デートじゃないよ、確かに僕は詩舞のことが好きだけど三人で行くときは切り替えるから大丈夫だよ」

「えっと、あっ、涼成は土日のどっちもバイトに行っているから無理じゃないかな」


 あ、今更だが母に代弁してもらっているのはださいし、なにより申し訳なかった、だから食べ終えたのもあってしっかり洗い物をしてから客間に移動する。


「やめておけ、諸永と二人きりで行けばいいだろ?」

「涼成とも詩舞ともいたいんだよ」

「俺のことも出してくれるのはありがたいけど……」


 普通に仲がいい状態であればそれでも構わなかった、いや、彼が諸永に好意を抱いていなければそれでよかった。

 ただの友達同士で出かけるだけならいちいち拒んだりはしない、人といることは嫌いではないからそういうことになる。


「あ、バイトを休んでもらおうとかそういうのは考えていないからね? 平日の放課後にでも――あ」

「理央は部活があるだろ」

「あぁ、どうすればいいんだろう……」


 結局土日だって余程のことがない限りは彼は部活に参加することになる、諸永は部に所属はしていないがバイトを始めようとしている身だから俺とそう変わらない。

 つまり、現時点でゆっくり出かけられるような時間はないということだ、彼には悪いが無理なものはやはり無理だった。


「そこはちゃんと話し合わないとね、諸永ちゃんにだって聞かなければいけないわけだしさ」

「そうだね、とりあえず今日のところは帰るよ」

「うん、気をつけてね」


 どれだけ話し合ったって結果は変わらない、それでも好きな相手から無理だと言われた方が諦められるだろうからこれでいいか。

 とりあえず母に謝罪と感謝の言葉を忘れずに吐いてから階段を上ったのだった。

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