04話.[聞いてみたいね]
「あ、まだ帰っていなくてよかったです」
今日は寄り道をして帰ろう、たまには理央が部活をやっているところでも見ていくのもいいか。
急いで帰っても特になにかができるわけではないからそれでいい、いや、彼女から逃げられればそれでよかった。
「逃げなくてもいいじゃないですか、別になにか酷いことをしようとしているわけじゃないんですよ?」
反応しないぞ、反応してしまったらその時点で俺の負けが決まる。
大丈夫だ、もう少しすれば友達と諸永が出てくるはずだから待っていればいい、もう活動を始めているからそれを見ているだけでいいのだ。
だが、あの日だってちゃんと連れて行ってやったのにどうしてこんなことになっているのだろうか、同性が相手なのに恥ずかしいとかそういうことなのか? 理央みたいに諸永のことをもう好きでいて言いたいことも言えなくなってしまうから俺を使おうとしているのだろうか。
「あれ、教室からさっさと出ていったのにまだいたんだ」
俺だって余計なことはせずに帰りたかったさ、だが、あのまま帰っていたら安地を知られて落ち着けなくなっていただろうからこうするしかなかった。
何度も言うが疲れるなら働くことで疲れたい、人間関係のことで疲れたくなんかはないのだ。
「諸永、彼女の相手をしてやってくれ」
「彼女……? ああ、って、どうしてここにいるのよ」
「諸永に興味を抱いたからだろ、少なくとも俺は関係ないぞ」
「嘘よね、この前だってあんたがいたからじゃない」
なにが、どこが嘘だよ、そんな嘘をついたところでこちらにはなんにもメリットはないというのに。
とりあえず留まっている必要もなくなったからなにも言わずに歩き出す、すると二人も付いてきた。
友達と出てきたわけではなかったからこそできることではあるが、できることならこのまま二人きりで行動してほしいところだと言える。
俺がいたところでなんの役にも立てない、諸永のことが知りたいのであれば勇気を出して色々聞いていけばいい。
「
「はい」
現時点で残念ながら俺達は一年生なので、あの高校を志望するなら関わることになりそうだ。
あくまで諸永のおまけであってもなんか知っている人の娘ということでやりづらい、相手が理央のときみたいにはどうしてもできない。
まだ時間はあるわけだからいまからでも変えてくれないだろうか。
「そっか、じゃあこうして一緒に帰ったりできるということよね」
「諸永さんや一青さん次第ですね」
俺をそこに加えるな、そもそも数回だけで「こいつは面白みもない人間だから離れよう」となれよ、なんでまだ続けるのか。
優しいということであっても俺に対してはそうしなくていい、他の人間に優しくした方が間違いなくいい方に傾く。
「私達なら大丈夫よ、どうせ放課後は暇だから」
「理央さんがいてくれたら変わっていましたよね」
「んー、確かにいまよりは遊びに行ったりはしていたでしょうね」
最近気になるのは理央が部活をやっていなかった場合、どれぐらいの頻度で彼女を誘っていたのかということだ。
なんてことはないことが言えなくなってしまっているはずの理央なら、いや、自由な時間があって相手も付き合ってくれるつもりでいてくれているのであれば出かける回数は間違いなく増えていたか。
「それなら問題なのは一青さんですね、今日のだけで受け入れてもらえる可能性が低いと分かりました」
少なくとも二人きりになることは避けたい、どんなことがあろうとそのことだけは守りたい。
理央は期待できないから彼女を頼るしかないが、現時点で味方なのかどうかも分からないからそれすらも危険だった。
言葉選びに失敗をすれば相手が理央のときよりも大変になる、だが、本当に問題なのはそのことではなく味方が一人もいないということだ。
「私や理央と違ってほとんど一人でいるからね、しつこく誘うと余計に駄目になりそうね」
「なにか必殺のやり方とかはないでしょうか?」
というか諦めろよ、前にも言ったように合わない人間もいるということで終わらせればいい。
その無駄な拘りはなんなのか、どうすればこういう風に育つのかあまり参考にはならないが聞いてみたいね。
「必殺か、しつこく誘わずに一回だけ誘ってみるだけで違うんじゃない?」
「なるほど、勝手なあれですけど諸永さんは一青さん相手にそういう感じですよね」
「ん? あー、そうなのかな?」
あ、確かにそうだな、もっとああしろこうしろ付いてこいとか言ってくる人間だったら例えバイト仲間でも仲良くしようなんて考えは出てきていなかった。
「そうですよ、だって一青さんが自ら頼るぐらいじゃないですか」
「いや、理央がいたら間違いなくそっちを頼っているわよ、今回はたまたま私にしか頼めないから頼ってきたというだけでね」
「それでも羨ましいです、私なんて無視をされたレベルですからね」
「無視? 一青はそんなことしないけどな」
おいやめろ、事実だとしてもなんか俺が彼女にだけ態度を変えているみたいに見えてしまう。
だから微妙な雰囲気になる前に別れる場所に着いてほしかった。
「あ、来た来た」
「……夕方に別れたはずだし、なんで俺のアカウントを知っているんだよ」
理央に流されて登録しなければよかった、そうすれば流石の彼女でも直接家に来るということはなかっただろうから学校の時間まで休めたというのにこれだ、このままだと面倒くさいから受け入れて終わらせるというのもしっかり考えてやらないと駄目になりそうだ。
「そんなの理央に聞いたからに決まっているでしょ」
「で、その理央を活動を見に行きたいって話か?」
「ううん、ただちょっとあんたと話したかっただけ、ほら、日出美ちゃんがいるときはほとんど黙っていたからさ」
俺と話してどうするのか、変なことばかりをしていて本当に呆れる。
まだ解散にはしてくれなさそうだから集合場所が公園なのをいいことにベンチに座ると彼女も横に座ってきた、これならまだ飲み物かなんかを買ってからにすればよかったと後悔したがもう遅い。
「なんかあの子がやたらと気にしているからさ、ちょっともう少し詳しく教えてほしいなって思って」
「四月のときに店長が忘れた物を店に持ってきたことがあったんだ、そのときに自己紹介をしたけどそれからは会っていなかったぞ」
そもそも自己紹介すらする必要性はなかった、店長に言いたいことを言うのだとしてもなにかを届けて言葉で叩いて帰ればいい。
俺なんてそのときはホールの掃除をしていたのにわざわざ挨拶をするためにキッチンに繋がる通路で待っていたのだ。
となると、いまではなくて最初の頃からおかしかったことになる、関わっていけばそれがどんどんと強くなっていくことだろう。
「へえ、最初はそんな感じだったんだ」
「あの子は怖いからできる限り諸永がなんとかしてくれ、少なくとも高校に急襲なんてしてこないようにコントロールをしてくれ」
情けない人間と言われてもいいから理央にしているみたいに上手くコントロールをしてほしかった、もちろん、動いてくれたら礼はするから動き損なんてことにはならない、俺がそもそもそんなことにはさせない。
「私だって無理よ」
「はぁ、諸永に興味を抱いているんだからもっと自分の情報を吐けばいい、そうすれば満足して変なことをしなくなるだろ」
「その私に興味があるって話、本当なの?」
「本人に聞けばいいだろ、なんでお互いに変な遠慮をしているんだ」
俺の言葉が信じられない、価値を感じられないということなら尚更本人に聞けばいい、嘘はついていないからこっちは最後まで堂々としていられる。
同級生、それも異性とはいえクラスメイトのことをいちいち気にして動くのも馬鹿らしいから静かに立ち上がって飲み物を買う。
「一青、私はそれでいいよ」
「……ほらよ」
「ありがと、はいお金」
奢るつもりなんかなかったからちゃんと受け取ってベンチに戻る。
「ん? 雨だな、もう六月だから降ってきてもおかしくないか」
「あそこに移動しま――な、なによ?」
「大人しく帰った方がいい、濡れ鼠になりたくないだろ。まあ、話し相手ということなら学校でちゃんと相手をするから意地を張るな」
「嘘つき、いつも相手をしてくれないからこうして出てきているんじゃない、早く行くわよ」
理央はどうやって彼女と上手く過ごしているのだろうか……。
「雨が降っているときにこうして外でお喋りするのもいいわよね」
「よくないよ、また風邪を引かれたら困る」
店長が不安定な状態になると忘れ物が増えてまたあの子と話すことになるかもしれないから彼女がいてくれないと困ってしまう、なにもなくても来た際に囮的存在になってもらうためでもあった。
「うっ、やっぱり気にしていたんじゃない……」
「違う、俺が忙しくなったりするのは働いているわけだから別にいいんだ、ただ、店長は心配性だから休まれたくないんだよ」
「……心配してくれているからじゃないんだ」
「そういうのは理央に求めればいい」
「理央か」
その気になれば一気に関係が変わる、相手が分かりやすくいてくれるのは踏み込みやすいのではないだろうか。
もう前みたいに逃げることはなくてもそういう存在がいてくれるだけでやりやすさも変わってくるから頑張ってもらいたい。
「一青」
「なんだよ、もう飲み物が出てきたりはしないぞ」
呼び出してきた相手が理央なら間違いなく飲み物をなんかに頼らなくてもなんかとかなった、つまり彼女が相手だからこそ無駄な出費をしてしまっているわけだから本当ならよくないことなのだ。
でもまあ、もう使ってしまったという事実は消えないから無理やり必要なことだったと片付けるとしてもこういうことが増えるなら距離を作るつもりでいる。
「私、いまのままじゃ嫌なんだけど」
「は? 嫌なんだとしてももっと分かりやすく言えよ」
「だ、だからさ、そこが嫌なんだって」
「いやいや、奢ってもらう前提で動くのは危険だぞ、少なくとも俺は無理だから他の甘々な男子を頼るんだな」
が、何故か「はぁ、なんでこうなんだか……」と滅茶苦茶嫌そうな顔をされただけだった。
よく分からなさすぎて黙る羽目になった。
「最近、詩舞と仲が良さそうですね、せめて学校でやってほしいんだけど」
「勘違いするな、バイトのことで相談に乗っているだけだ」
呼び出されてももう合わせたりはしない、色々言い訳を作って家で大人しくしていようと思う。
悪いことではないがなんで部に所属することを選んでしまったのかと言いたくなる、中学のときだってよく「活動日ばかりで嫌になってくるよ」なんて言っていたくせにあれはなんだったのだろうか。
敢えて疲れることをすることで自分を追い込みたいMなのだろうか、この先何度こういう面を見ることになるのだろう。
「本当に? あの詩舞がそんなことで相談を持ちかけるとは思わないけどな」
「それは偏見だ、押し付けると本人がやりづらくなるからやめておいた方がいいぞ」
来た、また嫌そうな顔をされても嫌だからトイレに行ってくるとするか。
男子トイレならいくらいてもトラブルには繋がらない、臭うが廊下にいるよりはマシだと言える。
ついでに直すことができなかった寝癖を、
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなんだ、俺は諸永じゃないんだから言えるだろ」
直しつつじっと見てきていた理央にはっきりと言う。
待ち伏せされるよりも同性にじっと見られていることの方が気になるということを今日知った、諸永のことが好きだと分かっていても微妙な気分になるからやめてもらいたい。
「いや、僕はまた涼成に好きな子を取られるんだなって」
「過去のあのときも俺ははっきりしていたけどな」
ただ順番が悪かったのか一時期は関係が微妙になった、彼が告白をして振られて、その後に俺に告白をしてきたものだから回避しようがなかった。
正直、俺からしたらテロみたいなものだった、誰も死んではいないが誰も得しないコンボで勘弁してくれよと呟いたぐらいだ。
「他はいいんだけどそういうところ、たまにむかつくんだよね」
「そういうところとかじゃなくてはっきり言えよ、諸永の真似をしているのか?」
「このっ」
おっと、あのときでさえ物理的に攻撃してきたりはしなかったのに今回は違うのか、それだけ本気ということか――ではない、理央の諸永に対する気持ちを知っておきながら裏では振り向かせようとしているとかそういうことでもないのになんで俺が叩かれなければならないのか。
「あっ、理央の大きな声が聞こえてきたけどな、なにかあったの?」
「理央がハイテンションなのはいつものことだろ、ちょっと次の時間の準備をしなければならないから行くわ」
「あ、うん」
叩くにしてももっと俺と諸永が仲良くなってからしてこいって話だよな、そうしないとこのなんとも言えない気持ちをどうしたらいいのかが分からない。
だから今回は授業にも集中できなかった、いつものように仕方がないことで片付けることはできなかった形になる。
「一青、ちょっといい?」
「違う場所で食べることになってもいいなら構わないぞ」
「うん、それでいいから付き合ってよ」
いやマジで今回だけ違った理由はなんだ? それとも、実は不満なんかを無理やり抑え込んでいただけで溜まっていたということなのだろうか。
正直、諸永云々はただの言い訳のようにしか見えない。
「あのさ、もしかして理央に叩かれたりとかした?」
「いや、トイレでもいつものようにハイテンションになっていただけだよ、叩かれていたら諸永に嫌われてほしくて『叩かれたんだ!』と叫んでいるよ」
「そっか、叩かれた……というか理央があんたを叩いたわけじゃなくてよかったわ」
「俺に高校生のいまでも付き合えるすごい存在だぞ? 叩くわけがないだろ」
っと、こういうのは嫌いみたいだからなるべく減らさなけばならないな。
「りょ、涼成」
「理央も早く食べろよ、昼休みなんてあっという間に終わるぞ」
「そ、そんなことよりもさっきの――」
「諸永にも言ったけど理央がハイテンションになることぐらいなにもおかしなことじゃないだろ、そこがトイレであろうと関係ない、別に他に人間がいたわけじゃなかったから迷惑をかけたわけでもないだろ」
だからまだ食べていないなら食べろと、俺にはこれぐらいしか言えなかった。
叩かれたとか言うぐらいなら黙って他の場所に移動した方がいい、ずっとそうしてきたから俺を見てきた人間からすれば情けないかもしれないがそんなの知るかという話だ。
自分のために行動することができていて自分が納得できているのであればそれでいい、他者の意見ばかりを聞いていても自分が分からなくなってしまうだけだ。
「ほら理央、ここに座りなよ」
「う、うん」
「一青じゃないけどあんたがハイテンションになるのなんていつものことでしょ? だから気にしなくても――」
「僕は涼成を叩いちゃったんだ! 詩舞、僕は涼成と仲良くしているきみを見て余裕がなくなって涼成を叩いちゃったんだよ……」
おいおい――あ、いや、こういうことすらも利用して上手く仲良くしてくれればいいか。
俺は上手くできないからやはり見ているだけの方がいい、今回はちゃんと異性と過ごしてからこの感想になったわけだから責める人間はいないだろう。
異性の家に行っただけで母から雨が降るかもなんて言われてしまう人間だしな、一緒に過ごせない方が普通なのだ。
ちなみに諸永は「ま、すぐ外にいたわけだから知っているんだけどね」とまた悪い癖を出していた。
「馬鹿、なに嘘をついているのよ、そんなの理央のためにはならないわ」
「面倒くさいからだよ、理央を庇いたかったわけじゃない」
分かっていてああして聞くなんてアホらしい、違う場所で食べるとするか。
それに理央を無自覚か意識してか庇おうとするところはいいところだからな、邪魔をするのも悪いから消えた方がいい。
離れるために外が雨でも気にせずに出てきた、講堂の入り口には屋根もベンチもあるからそこで食べればいいだろう。
「もう夏になるのか、バイトのときに汗を大量にかくことになるな」
水分も多めに持って行く必要がありそうだ、徒歩だから持ち運ぶのは楽だが帰るときに荷物が多くてテンションが下がりそうだった。
あとは汗をかくことで汗臭くならないかが少し不安だ、自分だけで終わる話ではないから尚更そういうことになる。
でも、体臭についてはちゃんと洗っておくぐらいしか対策法がないし、夏だから汗は誰でもかくわけで仕方がないと片付けてもらうしかなさそうだった。
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