第135話 コーションの告白

【パリのレオ・ルグラン】


「私たちは現在、乙女ジャンヌを返してもらうようローマ帝国と交渉中なのです。コーション様もご存知ですよね?」


 俺は単刀直入に問いをぶつけてみた。


「もちろん存じ上げています」


 コーションは表情を変えずに答える。


「実はある噂を耳にしました。パリ大学の主導でジャンヌの異端裁判が開始されるという噂です。この噂は本当ですか?」


「実はそのことについて私からもお伝えしたいことがあるのです」


 伝えたいこと? 意表をついたコーションの返答に、俺は即座に反応できなかった。コーションは続ける。


「私の聞き及んだところによると、乙女返還のための交渉はローマ帝国とシャルル王との間の和平交渉に格上げされたとのことです。これはつまり両者の間で和平が成立しなければ乙女は返還されないということではないでしょうか? ところがフランスの王位はイングランド側のヘンリー6世とあなた方の王、シャルルがお互いに主張している状態。勢力が均衡している今、和平が成立するとは思えません」


 コーションの主張は理論整然としており、俺もうすうす感じていたことだった。クレオパトラに余力があれば、和平交渉も進展したかもしれない。だが予期せぬ反乱の勃発によってイングランドをコントロール出来なくなっているのかもしれない。


 コーションはさらに話を続ける。


「そこで提案なのですが、この際、乙女の潔白を証明されたらいががでしょう?」


「潔白を証明する?」


 俺は驚いて、コーションの言葉を繰り返した。


「あなたは恐らくこう考えているのでしょう。この裁判ははじめから乙女を有罪にするためのものだと。公平な裁判などあるはずがないと……違いますか?」


「ずいぶんと回りくどい言い方をするんですね、コーション様」


 テオがからかうような調子で口を挟んだ。


「私は神に仕えるものです。商人であるテオ・ダンディーニ様のように言葉をあやつる技術は持っておりません。なにとぞご容赦ください」


 言葉とはうらはらに淀みなく答えるコーションにテオは口をつぐんだ。


「あなたは乙女が異端だとお考えなのですか?」


 ここまでの会話でコーションが頭の切れる人物だとの印象を受けた。おれはあえて答えにくい質問をぶつけてみることにした。


「乙女が異端なのかどうか? 今ここで結論を出すことはできません。果たして乙女が聞いたと主張する声は本当に神のものだったのか? いやそれ以前に、乙女が本当のことをいっているのか? わたしはそれらの疑問を解き明かすことによって真実を知りたいのです」


「真実を確かめるための裁判をやりたい、つまりはそう言うことですか?」


「そうです」


「それがカトリック教会にとって不都合な真実だったとしても?」


「そうです」


 俺の心にはある疑念が芽生え始めていた。現代人の考える裁判と中世ヨーロッパでの異端裁判は全くの別物だ。そもそも人権などという考え方自体がない。異端裁判の被告となった時点で有罪なのだ。いや有罪とか無罪という考え方自体が、現代人なのだ。目の前にいるコーションは中世ヨーロッパの常識を超えた感覚を持っているのかもしれない。


「テオ、レオン、すまないがコーション様とふたりで話をさせてもらえないだろうか? コーション様はどうです?」


 テオとレオンは「かまわない」と同意してくれた。


「ええ、もちろんかまいませんよ」


 コーションも別に驚く様子もなく同意した。テオとレオンが部屋を出ていき扉を施錠する。


「――あんたは誰だ?」


 コーションとふたりだけになった部屋で俺は言った。


「久しぶりですね、レオ。フィレンツェではお世話になりました」


「フィレンツェ……やはり……あんたはジャンヌなのか?」


「ええ、ジャンヌです。姿は少し変わってしまいましたが」


 聞きたいことは色々とある。だが言葉が出てこない。


「レオには悪いことをしたと思っています。おそらく私のことを恨んでいるのでしょうね?」


 俺の気持ちを察したのか、コーションが言葉を続ける。


「私がなぜコーションに転生したのか? 実は私にもわからないのです。白い部屋でのことを覚えていますか? 私はあの場にいる全員を騙してしまいました。もうご存知かもしれませんが、あの場にあった聖遺物は全て偽物です」


「……なぜだ? なぜあんなことをしたんだ?」


 絞り出すように俺は尋ねた。


「レオ、あなたは私に隠していることがありませんか?」


「隠していること?」


 俺の心臓がドクンと跳ねた。思い当たるフシがあるからだ。


「私の運命に関することです」


 俺は再び言葉に詰まった。ジャンヌは自分が火刑になる運命を知っているのか? もし知っているならいったいどこでそれを知ったのか?


「私はまもなく死ぬ運命でした」


 穏やかな口調でコーションは続ける。


「白い部屋で私は未来について書かれた書籍を発見しました。それによれば私はシャルル王をお救いしてフランス王として戴冠させるとありました。まさに神様のお言葉通りに自らの使命を果たすことになると。ですが、私は自らの過ちで敵に囚われるのです。そんな私を王様は見捨てるのです」


 コーションの青い瞳のなかで暗い光が揺らめいている。

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