第133話 異端裁判の始まり
【パリのジャンヌ②】
私は『使徒』の取引に応じることにして、それから先は『使徒』の命じるがままに行動した。まずレオとダンディーニに同行してメディチ邸へ行く。クレオパトラの仲間が騒ぎを起こし、使用人たちが騒いでいる隙に地下へ降りる。『使徒』の説明によると、聖遺物の力が発動するには聖女と天使、両方の力が必要とのことだった。
私が聖女なのかどうかは正直わからない。ただ神様の声を聞くことが出来たと言うだけだ。それでも『使徒』の言うことを信じることにする。次に天使だが、すでに罠にはめてここに来るようにしているとのことだった。白い部屋へやって来たのはレオの奥さん、アイヒだった。私は訳がわからなかった。確かに天使のように浮世離れした感覚の持ち主だと思ったことはあるが。
白い部屋にレオ、ダンディーニ、アイヒとクレオパトラ、コジモが集合した。しかもクレオパトラは傭兵のレオンを人質にして脅してきた。私はあらかじめ用意していた(使徒が用意してくれた)偽のヘルメス文書をコジモに渡した。コジモは正気を失い、ロンギヌスの槍でつくったナイフで私を刺した。
実際に刺されることはないと『使徒』から説明を受けていたものの、とても怖かった。私は眩しい光に包みこまれフワフワと体が浮かぶような感覚を味わった。そのうち周りの景色がぐるぐると回転を始め、頭がぼーっとする。
気がつくと私は、見覚えのない部屋で椅子に腰掛けてきた。部屋には上等な木材で作られたと思われる机があり、私の右手には羽ペンが握られている。机に広げられた羊皮紙へ文章を書いていた途中のようだ。ふと違和感を感じる。自分が見慣れない服を着ていることに気がついたからだ。
いや、自分が着たことのないだけでこの服装をした人は度々見かけたことがある。そう、私は修道女の服、いわゆるスカプラリオを身につけていたのだ。メディチ邸では灰色のチュニックを身につけていたはずだが、いつの間に着替えたのだろう?
ここで『使徒』からあるものを預かったのを思い出した。『使徒』は私に極めて上等な紙でできた冊子を渡して言った。
「これは私からあなたに進むべき道を伝えるためにある冊子です。必要な時、この冊子に私からの言葉が現れるでしょう」
質問する暇もなく『使徒』は冊子を私に押し付けて去っていった。冊子はどこへいったのだろうか? と周りを見渡すと机わきの床にそれらしきものが落ちていた。拾い上げると表紙にラテン語で『使徒の覚書』と書かれているのが見えた。
さらに次のページにも何やら文字が書かれている。
『あなたはパリ大学の学長であるピエレット・コーションに転生した。本来ならパリ大学学長は、男性のピエール・コーションなのだが、ローマ帝国の命令で例外的に女性のあなたが学長に就任した』
ピエール・コーション! 私の背中に
性別の違いはあれ、いやそれも大問題なのだが、一旦忘れよう。自分がコーションに転生したということはこの世界で私はジャンヌではないのだ。ではジャンヌはどうなったのか? そして私は何をすればいいのか? レオはどうなったのか?
様々に疑問が頭を駆け巡るが、答えは出てこない。よりにもよって自分を死刑にした人間に生まれ変わるとは。『使徒』はかなり趣味の悪い人物なのだろう。突然、手に持った『使徒の覚書』がブルブルと震えた。驚いた私は冊子を机の上に取り落としてしまった。
いったい何だ? こわごわと冊子に触れてみるがそれ以上何も起きない。試しにページをめくってみると、さっきまで空白だった部分に文字が書いてある。
『ジャンヌの異端裁判を開始せよ。詳細な手順は以下の通りである』
『これは私からあなたに進べき道を伝えるためにある冊子です』、『使徒』は私にそう言った。なるほどそういうことか。『使徒』は私に自らを裁けというのだ。しばらくするとピエレット・コーションとしての記憶も少しづつ甦ってきた。
私はかつて、ドンレミ村で暮らす平凡な少女だった。神様の声に導かれ、フランスを救うという使命に目覚めた。文字を学び知識を得た。私の記憶にはないが、窮地に陥ったオルレアンの町を解放して、シャルル王をランスで戴冠させることに成功した。
そんな私がなぜ死ななければならなかったのか? その謎に挑むことこそが私の真の使命なのだろう。私はもう一度机の上にある羊皮紙へと目を落とす。
『自らをジャンヌと呼ぶ、世間では『
私は羽ペンを再び握ると文章の続きを書き始めた。ジャンヌに対する異端裁判の審理を開始することを記録する書簡。その最初の一枚を私は書き上げた。
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