第132話 私の運命

【パリのジャンヌ】


 これが噂に聞いていたパリの町か。フィレンツェの洗練された雰囲気とは違う、殺伐とした町並みを私は窓からボーッと眺めていた。


「コーション様、ブルゴーニュ公より書簡が届いております」


 部下である修道士の言葉で私は我に返った。


「ああ、ありがとう」


 書簡を受け取り、ついに来たかと胸の高鳴りを覚えた。私は書簡を開封して文面に目を通した。「乙女ピュセルの身柄を教会へ引き渡すことを許可する」書簡にはそう書かれていた。一方でイングランドを支配しているローマ帝国のクレオパトラがブールジュのシャルルと、乙女ピュセルの身の安全を保証するという覚書を交わしたことも知っている。


 さて、どうするか?


 予定通りイタリアで反乱が起こり、クレオパトラはジャンヌに構っている余裕はないはずだ。クレオパトラが不在の間に裁判を開始することも可能ではないか? 私は考えを巡らせた。


 それにしても私はここで何をしているのだろう? 素朴な疑問が頭をよぎった。フィレンツェで私はコジモ・メディチに『ロンギヌスの槍』で刺された。コジモに渡した『ロンギヌスの槍』は偽物で、あの場にいた人たちの望みは不十分な形でしかかなっていないはずだ。


『白い部屋』には様々な書物があった。未来のことを書いてある書物もあったのだが、私は最初それらを信じなかった。それに私が知りたいという欲望をもって書物を漁るようになると手に取る書物は全て文字が書かれていない白紙に変わってしまった。


 だがある日、文字が書かれている書物を発見した。私は誘惑を断ち切ることができず、その書物を読んでしまった。私は愕然とした。そんなバカな! 信じられない。私は叫んだ。そこに書かれていたのは私――乙女ジャンヌジャンヌ・ラ・ピュセルの運命だったからだ。


 私は自分が願ったようにシャルル王をお救いすることになる。イングランドに包囲されたオルレアンを解放し、シャルル王をランスで戴冠させることに成功した。それなのに――


 私を待っていたのはシャルル王から見捨てられルーアンで火刑に処せられる運命だった。私の心には不信感が広がっていった。レオには悪いことをしたと思っている。おそらくレオは本当に私を救おうとして頑張ってくれていたのだろう。


 イタリアへの旅は楽しかったし、私は迷っていた。ペリエルの電撃からレオを救ったのも本心から彼を救いたいと思ったからだ。もし自分の運命を知ることがなかったらレオに全てを任せていただろう。


 神様は私に仰った。西方からやってくる旅人と協力して使命を果たすために必要なものを手に入れよと。旅人がレオであることは間違いなかっただろう。だが使命とはシャルル王のために死ぬことだったのだろうか? レオは私が死ぬことを知っていて協力を申し出たのだろうか?


 レオには言っていなかったが、フランスを旅だった頃から私には再び神様の声が聞こえ始めていた。


「乙女よ聞きなさい。そなたに選択肢を与えよう。自らの運命を受け入れるか、自らの力で運命を変えるか? どちらか選ぶがよい」


 果たしてこれは神様の声なのだろうか? 私を惑わす悪しき者の声なのではないだろうか? 私は恐怖した。私が決断できないでいると再び声がした。


「もしそなたが迷うのあれば、ひとりでサルヴァドーリ商会へ行け。そこで新たな出会いがあるであろう」


 以前、ドンレミ村で聞いた「文字を学べ」と同じく具体的な指示だった。それでもこの指示は私にとっても都合のよいものだったのだ。私はレオがメディチ邸で会ったというテオ・ダンディーニという男に胡散臭いものを感じていたからだ。


『ヘルメス文書もんじょ』という言葉がテオの口から出た時、私は内心ひどく動揺していた。なぜなら『白い部屋』に同じ題名の書物があるのを知っていたからだ。知ってはいたが手にしたことはなかった。その本がひどく禍々しいものに思えて恐ろしかったからだ。錬金術についても知っていた。黄金以外のものから黄金を作り出す技術。それは決して許されるものではない。

 

 言うならば奇跡だ。奇跡を起こせるのは神様だけのはずだ。もしコジモが錬金術に興味を持っており『ヘルメス文書』の捜査をテオ・ダンディーニに命じたのだとしたら。このふたりにレオを近づけるとレオに良くない影響を与えるだろう。


 私はレオを説得してテオ・ダンディーニとの交渉を任せてもらうことに成功した。テオが私たちに話した内容の裏をとるため、テオと会う前にメディチ商会を訪れ社員から話を聞いた。それが終わった後、テオがいるサルヴァドーリ商会へと向かったのだが、商会へ向かう道の途中で私はある人物と会った。


 その人物を仮に『使徒』と呼ぶことにしよう。『使徒』は私にある取引を持ち掛けてきた。驚くべきことに『使徒』は、私が悩んでいる内容――火刑に処される運命――について知っていた。取引に応じれば私をその運命から救ってくれるという。もちろんただで救ってくれるわけではない。私に新たな仕事を与えるので力を貸してほしいということだった。

 



 

 

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