第130話 ジャンヌ解放の条件

「あっ……」


 ジャンヌが短い声をあげた。突然の訪問に驚いているのかもしれない。


「私がいたら話しにくいでしょう。終わったら衛兵を呼んで」


 気をつかってくれたのか? クレオパトラはそう言い残すと部屋を出て行った。俺たちが何を話すのか気にならないのだろうか。


「久しぶりだな、ジャンヌ」


 何て言えばいいのかわからず、ぎこちない口調になってしまった。


「レオ?」


 ジャンヌの目が大きく見開かれた。次の瞬間、ジャンヌの体がブルブルと震え始めた。みるみるうちにその瞳は潤んでいく。


「ここから出して!」


 ジャンヌは叫んだ。


「もう、こんなところ嫌なの~っ!」


 ん? こいつ何かへんだ。ジャンヌがこんな駄々っ子みたいなこと言うはずない。


「エールをちょうだい。冷たいエールが飲みたいの~」


「おい、お前ジャンヌじゃないだろ?」


「だから違うって言ってるの~。でも出してくれないの~」


 ジャンヌの目からは涙がドバドバとあふれ、鼻水まで出ている。きたねえな。


「お前、アイヒだな。なんでジャンヌに成りすましてるんだ?」


「そんなのわかんな~い。目が覚めたらこの体になってたの~」


 前の世界線では、イタリアへ行くジャンヌの身代わりとしてアイヒの先輩天使ペリエルがジャンヌそっくりに変身して、ドンレミ村に残った。もしかしてアイヒがジャンヌの身代わりになる設定に変わったのか?


「まさか、オルレアンを解放したのはお前じゃないよな?」


「してない。解放なんかしてないから!」


 俺はテオと顔を見合わせる。


「いったいどうなってるんだ?」


「この人はあんたの奥さんなのか?」


 テオも困惑しているようだ。


 その後もいろいろ質問してみたが、いっこうに要領を得ない。とにかくフィレンツェで反作用が起きた直後にはもうタンプル塔にいたという。


 背後で扉が開き、クレオパトラが部屋に入ってきた。


「もう、話は終わった? どう?『ジャンヌ』と再会した気持ちは」


 クレオパトラは皮肉な笑みを浮かべている。


「これはどういうことなんだ? 説明してくれ」


 俺の質問に答えるかわりに、クレオパトラはあごで部屋の入り口を示した。部屋から出ろというサインだ。相変わらず鼻をすすっている偽ジャンヌを残して、俺たち3人は部屋を出た。螺旋階段を降りて2階の部屋まで行き扉を閉める。


「ここなら誰にも聞かれる心配はないわ。説明してほしいっていうことだったかしら?」


 とぼけるクレオパトラに俺は「そうだ」と答えた。粗末な椅子に腰掛けるとクレオパトラは口を開く。


「……あの娘にやられたのよ。どこかの時点で娘とあんたの奥さんは入れ替わった。本物のジャンヌはどこかにいる」


「本物じゃないってわかってるんなら解放してくれ」


「解放? 冗談じゃないわ。中身はポンコツ女でも見た目はジャンヌなの。無条件で解放するわけないでしょ」


 なるほどこのクレオパトラ、善意で俺とアイヒを再会させるようなお人好しではないようだ。


「あのポンコツ女を解放する条件はひとつだけ。本物のジャンヌを見つけだすこと。あんただってあのジャンヌを連れ帰ったところで役には立たないってわかるでしょう」


 俺は言葉につまる。クレオパトラの言い分は的を射ていたからだ。中身がアイヒのジャンヌをドンレミ村へ連れて行っても、白い部屋へは入れないだろう。東インド会社の事業も失敗に終わり、トレモイユたちが非難を浴びせてくるに違いない。


「もちろん、ジャンヌを探す協力はしてあげるわ。どう? 悪い話じゃないでしょう。ただ、あんたたちがジャンヌを見つけたとしても私には教えず独り占めする可能性はあるでしょ。ここにいるポンコツ女は言わば裏切らないようにするための人質っていうわけ」


「お前たちが先にジャンヌを見つけた場合はどうするつもりだ? まさか独り占めするつもりじゃないだろうな?」


 テオが口を挟んだ。


「本物の聖杯とロンギヌスの槍は、あんたたちの言う『ドンレミ村の遺跡』にあると私は考えているの。私たち全員の望みを叶えるにはジャンヌとそれらの聖遺物、両方が必要だわ。つまり私もあんたたちの協力がいるってわけ。だからもし私たちが先にジャンヌを見つけたらちゃんと教えるし、協力してもらうつもりよ」


 おいおい、随分都合のいいことを言ってくれるじゃないか。俺はクレオパトラの身勝手な言い分に呆れてしまった。


「さっき協力するって言ったな。具体的にはどう協力するつもりだ?」


「抜け目がないのね。ちょっと待ってなさい」


 そう言うとクレオパトラは扉側の壁にぶら下がっているひもを引いた。おそらく呼び鈴を鳴らしたのだろう。


「クレオパトラ様、入ります」


 しばらくすると扉の外から若い男の声がした。なんとなく聞き覚えがある声だ。扉が開き入って来たのは金髪で長身の若い男だった。テオの色っぽい雰囲気とは違い、人の良さそうな笑顔がいい感じのイケメンだ。男の正体は、イタリアで行動を共にしていたスイス人傭兵、レオン・クリーガーだった。


「お久しぶりです。ルグラン様」


 レオンは、申し訳なさそうに言った。


「レオンはね。ローマ帝国の傭兵隊長だったの。でも今は、ポンコツ女の世話係を任せてるわ」


 傭兵隊長になるのが、レオンの夢だったのだろうか? だがこの世界線では敵側の傭兵隊長になった上にアイヒの世話係にされるという貧乏くじを引いている。もしかしたらジャンヌがクレオパトラに渡した偽のヘルメス文書は呪いのアイテムだったのかもしれない。

 


 

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