第129話 ジャンヌとの再会

 翌日、大広間に交渉団が集まり2回目の交渉が始まった。クレオパトラからジャンヌを解放する個別交渉ではなく、フランスとローマ帝国との包括的な和平交渉に格上げしたいとの提案があった。


「和平交渉だと! ジャンヌの解放が先だ」


 予想した通りジルが反対の意向を表明した。


「交渉が続く間は乙女の安全は私が保証します。それではだめですか?」


「うぐ……」


 ジルの心は揺れているようだ。クレオパトラが金銭でジャンヌを解放する気がないのはすでに明らかだった。


「和平交渉が開始されない場合はどうなるのですか?」


 俺はあらかじめ考えていたセリフをはいた。


「残念ながら乙女の処遇はイングランドに任せることになりますね」


 クレオパトラは眉根を寄せて言う。自分はそんなことを望んでいないのだ、と言いたげだ。イングランドはシャルル王の権威をおとしめるためにジャンヌを異端裁判にかけたがっている。ローマ帝国の干渉がなければ遅かれ早かれ裁判を開始するだろう。


 交渉は休会になり、俺とテオはジルを全力で説得する。


「クレオパトラが金銭で動かない以上、先ずはジャンヌの安全を確保する必要があると思うぞ」


「クレオパトラが約束を守る保証がどこにある? 信じられないね」


 俺の言葉にジルは不愉快そうに言い返した。


「交渉内容を覚書としてまとめるんだ。その中にジャンヌの安全をローマ帝国が保証するとの文言を入れてもらう」


「あのクレオパトラがそんな条件をのむのか?」


 ジルの心は揺れているようだった。後ひと押しというところか。


「やるしかない! 念の為にパリ大学の承認も取り付けてもらおう」


 実際の歴史でパリ大学はジャンヌに異端のおそれありとして宗教裁判の開催を主張した。ジャンヌの安全を保証する覚書を認めさせれば、異端裁判の開始を阻止できるかもしれない。ジルにもそのことはわかるはずだ。


「よし、わかった。それで行こう」


 仕方ないという感じではあったがジルは首を縦に振った。よし、最大の難関を突破した。俺は内心ホッとしたのだが、もちろん表情には出さない。


 交渉が再開し、俺とテオはクレオパトラとの密約通りにジャンヌ返還交渉を一旦棚上げして、フランスとローマ帝国との包括和平交渉に移行するという案を受け入れることを伝えた。またお互いに交渉の覚書を取り交わしその中の条項として、和平交渉が継続する間はジャンヌの安全をローマ帝国が保証する旨の一文を入れることを提案した。


 その全てをクレオパトラは承諾した。


「最後に、この覚書の内容についてパリ大学にも認めさせて欲しいのです」


 これについてはクレオパトラと事前に打ち合わせしていなかったので、彼女の反応は読みきれなかった。


「わかりました。パリ大学にも認めさせましょう」


 意外にもあっさりクレオパトラが認めたので、ちょっと肩透かしを食らった感じはあったがまあいいだろう。ジルからも異論はないとの発言があり交渉は終了した。お互いに覚書を取り交わし俺たち交渉団はブールジュへ帰ることになった。


 ジルは部下の兵士たちといっしょにオルレアンの宿に泊まるという。俺とテオはオルレアンには寄らず真っすぐブールジュへ帰ると見せかけて途中でパリへと舞い戻った。交渉をまとめた報酬としてジャンヌと会わせてもらえる約束だったからだ。


 ローマ帝国との交渉場所はルーヴル城塞だったが、今回、クレオパトラから来るように命じられた場所はタンプル塔だった。かつてテンプル騎士団の本部があった場所だ。ちなみにタンプルはテンプルのフランス語読みである。ルーヴル城塞もタンプル塔もフィリップ2世が建設した城壁の外にあったが、シャルル5世が新しく建設した城壁によって壁の内側となった。つまりパリ市の一部となったわけだ。


 タンプル塔が有名なのはテンプル騎士本部というよりは、フランス革命時にマリー・アントワネットを含むルイ16世の一家が幽閉された事実によるかもしれない。1808年、タンプル塔はナポレオンによって破壊され現在は残っていない。


 タンプル塔に到着した俺とテオをクレオパトラの部下が出迎えてくれた。タンプル「塔」とは呼ばれているものの幾つかの塔と修道院など複数の建物からなる場所だ。俺たちはひときわ目立つ巨大な主塔へ案内される。塔の入り口ではクレオパトラ本人が待っていた。


「ついてきて」


 クレオパトラは短くそう言うと螺旋階段を登り始めたので、俺とテオも後をついていく。カビ臭い階段を登り主塔の3階にある木製扉の前でクレオパトラは立ち止まった。


「開けろ」


 クレオパトラが部下に命じ、扉が開錠される。護衛の兵士が先導して扉を押し開けて中へ入る。この中にジャンヌがいるのか? そう思うと急に胸がドキドキしてきた。いったいなんと言えばいいのか? 全く頭がまとまらない。


 俺は覚悟を決めて部屋へ入る。部屋の中は一般的な監獄のイメージとは違い粗末ながら普通の部屋のようだった。壁に沿って小さいベッド、飾り気のない机と椅子もあった。そしてベットに座り不安げな表情でこちらを見ている黒髪の少女。俺の記憶よりかなり大人びた雰囲気に変わっているが間違いない。


 ――ジャンヌだ。

 


 

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