第126話 鷹狩りの塔

 ジルの宿泊している宿は貴族向けで設備が整っており、追加料金を支払えば個室で食事をすることが出来た。宿屋の使用人にジルと面会したいことを伝えると、その個室に案内された。


「来ると思ったよ、ルグラン社長。いや、あんたが来なかったら俺の方から行こうと思ってたんだけどね」


 部屋には装飾が施された机と椅子が置いてあり、絨毯がひかれている。部屋の壁や天井には飾り気がないので家具だけが浮いている。


「ああ、これね。使用人に命じて、先に運び込ませたんだよ」


 俺の怪訝そうな様子に気がついたのかジルが言った。


「まるでブールジュの館にいるようですね、ジル元帥」


「堅苦しい話し方はやめてくれよ。元帥と呼ばれるのもいやなんだ。ジルでいいよ」


 ジルは肩をすくめて言う。


「わかった。早速なんだが、クレオパトラとの交渉について方針を確認したい」


 俺はジルの言う通りくだけた口調に変えて言った。


「交渉の目的はジャンヌの解放なんだろ。まずは身代金として12,500リーヴル全額を提示する。クレオパトラが金で動く気がしないけどね」


「なぜ、そう思うんだ?」


「わかってるんだろう? ジャンヌにはそれ以上の価値があるからだよ」


 ジルは白い部屋の秘密について知っているのだろうか? 前の世界線ではドンレミ村の教会でジャンヌと面談していた時、クレオパトラの部下である異端審問官モンテギュに襲われ教会の地下室へ逃げ込んだ。その後、ジャンヌの案内で『白い部屋』に入ることが出来た。この辺の事情を詳しく知っているのは俺とジャック、そしてマレさんだけだ。


 シャルル王は現地へ行ったことがないので、『遺跡』の入り口付近までは入れるのだがその先へは入れないと報告してある。そしてその先へ入る方法を知っているのはオルレアンを解放した『乙女ジャンヌジャンヌ・ラ・ピュセル』であるらしいと後から報告した。


 当初、シャルル王は黄金の発見にしか興味がなく、テンプル騎士団の紙幣を硬貨にかわる通貨として使うことに否定的だった。イングランドとの戦争で手一杯だったこともあり、再度ドンレミ村へ行くのにかなり時間がかかってしまった。この時に黄金と紙幣、一部の聖遺物は持ち出すことができたのだが、ジャンヌがフランス救済の旅に出発してしまい『白い部屋』へ入ることも出来なくなったというわけだ。


「クレオパトラも遺跡にある宝を狙っていると言いたいのか?」


 俺の問いにジルは少し考えているようだった。


「ジャンヌは今、クレオパトラの手中にある。ドンレミ村を攻めて占領しちまえば後はジャンヌを連れていけば遺跡に入れるはずだ。それをしないのは何か理由があるとは思わないか?」


 クレオパトラの望みはローマ帝国の再興だったはずだ。その望みはほぼかなっている。唯一、手にはいっていないフランスが欲しいのか? それとももっと他に望みがあるのか? 「白い部屋」にいた人間の望みは不完全な形でかなっていた。その不完全さにヒントがあるのだろうか?


「今言えるのは、ジル、あんたと俺の目的は一致しているということだ。ドンレミ村遺跡の宝や12,500リーヴルはジャンヌ救済に比べれば些細なことだと俺は思っている。クレオパトラがなぜわざわざ交渉に応じたのか? まずはそいつを探ろうじゃないか」


「いいだろう。俺は交渉に同席はするが邪魔はしない。まずはお手並みを拝見させてもらうよ」


 少なくとも俺が本気で交渉しようとしているのはジルに伝わったようだ。オルレアンでは休息だけをとりすぐに出発した。数日後、俺たち交渉団はルーヴル宮殿に到着したのだった。


 ※※※※※※


 セーヌ川の北岸に位置するルーヴル宮殿は四方を堀に囲われたロの字の住居棟と、それぞれの住居棟の角および中央部に設置されたとんがり屋根の高い塔でできている。ロの字で囲まれた中央部には巨大な主塔がそびえたっている。セーヌ川に面した南側に正面玄関があり、俺、テオ、ジルの3人は部下や護衛の兵士とともに宮殿へ入った。


 俺にはひとつ気になっていることがあった、ルーヴル宮殿北西の角には『鷹狩りの塔』と言われる塔がある。これは我の王シャルル7世の2代前シャルル5世が1,000冊の本を保管していた書庫の塔だと言われる。史実では1425年、これらの蔵書はパリを支配しているイングランドのベッドフォード公に売却されたのだが、この世界線ではどうなっているのか? もしかしたら売却されずに残っているのではないか? などと考えていたのだった。もし本が残っているのであれば読んでみたい。


 俺たち交渉団は、西側の住居棟にある大広間に案内された。広間の中央に設置された縦に長い机に着席してローマ帝国側の交渉団を待つ。客を待たせるあたりローマ帝国が俺たちを下にみている証拠だろう。やがて広間の入り口から金の刺繍が入った豪華なロングドレスを身につけた女が入ってきた。


 ――クレオパトラだ。


 青い大きな瞳、高い鼻、形の良い唇、フィレンツェで会った時と変わらない美貌だった。アイヒが被っていたとんがり帽子ではなく尖った部分が真ん中部分で切り取られた台形のような黒い帽子を被っている。クレオパトラに続いてイタリア系と思われるガッチリとした体格の男も広間に入ってくるのが見えた。



 

 

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