第125話 ルーヴル宮殿
俺は何か言おうと口を開きかけたが、シャルル王はそれを手で制した。シャルル王はその代わりに俺の隣に座っているジャック・クールに向けて口を開いた。
「クール総裁、我が国で流通している紙幣のことなんだが……」
なんだ? 悪い予感がする。シャルル王のこの表情、何か企んでいるときの顔だ。
「なんでしょう?」
「もっといっぱい刷って枚数を増やすことは出来ないだろうか?」
「いっぱいと言われますと具体的にはどれくらいをお考えですか?」
ジャックの質問にシャルル王は意味ありげな笑みを浮かべた。
「今、流通している量の2倍はどうだろうか?」
「2倍ですって!?」
ジャックは目を見開いて声をあげた。それはそうだろう。いきなり世の中に出回っているお金の量を2倍に増やしたらインフレが起こってしまう。俺とジャックは王に何度もそのことについて説明したのだが、やっぱり理解できていないようだ。
「陛下、テンプル騎士団の紙幣は極めて良質の紙で均一に作られています。我々の技術で同じものを作るのは非常に困難なのです」
ジャックは冷静な口調で王に答えた。
「うーむ、そうなのか? 良質な紙幣と新しく作った紙幣を混ぜて渡してしまえば分からなくなるのではないか?」
シャルル王は諦められないといった様子でなおも食い下がる。
「もしそのようなことをすると、質の悪い紙幣と中央銀行が保有する金を交換するよう求められ、中央銀行から金が流出してしまうでしょう。金が流出すればその分だけ世の中に出回る紙幣を減らさないといけません。これは悪夢です」
「ルグラン殿、ではせめて貸付した12,500リーヴルを使わずに済むよう交渉してくれ」
うわっ出た! やはり俺のいやな予感は当たったようだ。
「最善は尽くしてみます……」
俺はなんとかそう答えた。
「金など使わずとも錬金術を……」
「ジル、やめろ!」
またもや空気を読まない発言をしようとしたジルをトレモイユが全力で止めた。その後、会議はグタグタとなり終了した。結局、ジルも同行するということでトレモイユも一応納得したようだ。
それからしばらく、俺とテオはパリ行きの準備を進めた。いずれジル・ド・レとも話をしなければと思いつつなかなか機会がない。トレモイユが目を光らせているので、ジルを呼び出すのもリスクがある。やはり旅の途中か、パリに到着してから話すしかないだろう。
史実でのジルはこの後の人生で大量殺人を犯し犯罪者として人生を終える。だが大きく変化したこの世界線においても同じ結末が待っているのだろうか? もしかしたら人格が変化して真っ当な人間に生まれ変わっているのではないか? ふとそんなことを考えた。まずは自らの目で確かめてみよう。油断することなく慎重に。
※※※※※※
――ルーヴル美術館。
総面積6万600平方メートル。毎年800万人を超える来場者が訪れる世界で最も有名な美術館である。38万点にのぼる美術品が収蔵されており、なかでも「モナ・リザ」、「ミロのヴィーナス」、「サモトラケのニケ」は三大作品と言われる。
もはや説明不要ともいえるこの美術館の前身は、ルーヴル宮殿と呼ばれる王宮であった。ルーヴル宮殿を建設したのはカペー朝第7代の王、フィリップ2世である。フィリップは
1190年、第三回十字軍に出発するフィリップはイングランド軍がパリを攻撃するのを防ぐために市街地を防壁で囲った。また、この防壁の北西部を守る目的で堅牢な要塞を建設する。これがルーヴル要塞であり、ルーヴル宮殿の始まりだった。
ローマ帝国側から交渉場所としてルーヴル宮殿が提示された時、俺はイングランドの意向が入っていると感じた。王宮としてメインで使われていたのはシテ島にあるシテ宮殿なのだがパリの中心部まで俺たち交渉団を入れたくないのだろう。
シャルル王は案の定、金のかからないスリムな交渉団を希望したのだが、ジルが結構な人数の兵士を引き連れて来たのでかなり費用がかかりそうだ。パリへの旅の途中、交渉団はオルレアンに滞在することになった。
懐かしい。アイヒ、ジャック、マレと訪れたオルレアン。クレオパトラの部下である異端審問官クレモン・ブーケとテンプル騎士団の手記を奪いあったのも今となってはいい思い出だ。史実では俺たちが去った後、オルレアンはイングランド軍に包囲される。窮地に陥ったオルレアンを救ったのはジャンヌであり、今、一緒に旅をしているジル・ド・レなのだ。
ジルは自分の部下たちを泊まらせるためにオルレアンの宿を何軒も貸しきっていた。しかも支払いは現金ではなく、借用書払いにしているそうだ。資産家のジルだがその浪費癖はすでに知れ渡っており資産を取り崩しているとの噂だ。
俺は思い切ってジルが宿泊している宿を訪ねてみることにした。
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