第123話 聖オベールの頭蓋骨

「されこうべの場所」については、罪人の頭蓋骨が転がる刑場であったという説や、地形が頭蓋骨に似ていたいう説もあり定かではない。そしてこのゴルゴタの丘があったとされる場所に建てられたのが『聖墳墓せいふんぼ教会』である。


 イェルサレム旧市街にあるこの教会は、325年、ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によって建立された。この時、聖十字架と聖釘せいてい※が見つかったという。


 ※注……磔にされたイエス・キリストの手足に打ち付けられたくぎ


 聖十字架とはいっても元の十字架の形は保っていない。現在残っている聖十字架は小さな木片である。フランス語で十字架は『クロワ』だが、『サントクロワ』という名前の教会はフランス中あり、それらの教会では聖十字架を聖遺物として保管していると思われる。


 もし完全な形の聖十字架が発見されたとしたら話題になるだろう。だがその場合、各地に保管してある聖十字架が偽物ということになってしまい都合が悪い。それこそ教会を敵に回すことになる。


 ここまで考えてひとつのアイデアを思いついた。天使にまつわる聖遺物はどうだろう? ミカエル様やペリエル、アイヒは天使なのだから彼ら彼女たちにまつわる品ならば聖遺物になるのではないか? しかも正真正銘の本物だ。


 大天使ミカエルにまつわる聖遺物として有名なのが『聖オベール司教の頭蓋骨』だ。これはモン・サン=ミシェルが建立された伝説と関係がある。フランス、ノルマンディー地方にあるサン・マロ湾。ここに浮かぶ小島に708年、アヴランシュ司教オベールが礼拝堂を作った。オベールは夢の中でミカエル様から「この小島に礼拝堂を作れ」とお告げを受けたのだ。ところがオベールはそのお告げを信じず2度もスルーしてしまった。ミカエル様は仕方がないので3度目にはオベールの額に触れて強く命じたという。


 オベールは頭の中に強い衝撃を受けて自分の頭を触ると脳天に穴が開いていたという、ちょっと怖い伝説だ。さすがのオベールもお告げは本物だと確信して礼拝堂を作ったのだった。このオベール司教のものと言われる頭蓋骨はモン・サン=ミシェル近郊の都市、アヴランシュにあるサンジェルヴェ教会に保管されている。


 ミカエル様にお願いして聖遺物になりそうな品を譲ってもらうのはさすがに難しいだろう。ならば下級天使アイヒがエールを飲むのに使った木のカップやメディチ邸にある財宝を盗むために使った栄光の手ならどうだ。


 いやいやいや、そんなもの誰もありがたがらないだろう。


 ここまで考えて俺はため息をついた。今考えていることに意味がないと分かったからだ。ドンレミ村の遺跡(白い部屋)に入るにはジャンヌの助けが必要なのだ。やはりまずはジャンヌを取り戻さないと何も始まらない。仮に遺跡に入れたとしても、どんな聖遺物が見つかるかわからない。見つかるかもしれない聖遺物を想像しても絵に描いた餅なのだ。


 ※※※※※※


 1か月後、テオからローマ帝国との交渉場所がパリに決定したと報告があった。現時点でのパリはイングランドとブルゴーニュ派が支配している。敵地での交渉でかなりのリスクは覚悟しなければならない。だが交渉相手はあくまでローマ帝国のカエサルとクレオパトラであり、イングランドも手荒な真似はできないはずだ。史実ではジャンヌ開放の交渉すら出来なかった(しなかった)ので大きな前進と言える。情報によればジャンヌはボールヴォワール城に幽閉されているらしい。なんとか交渉をまとめて解放してもらわなければならない。


 一方、アイヒに関する情報はないとのことだ。大丈夫だろうか? 少し心配になってきた。エールを飲み過ぎてアル中になってるのではないか?


 いつもならすぐにパリに向けて出発するところだか、今の俺は東インド会社の社長だ。そんな身軽な立場ではない。案の定、シャルル王と側近による会議が行われることになった。


 以前、訪れたことのあるシャルル王の城館に会議メンバーが召集された。俺は広間の会議テーブルに着席して周りを見渡す。上座にシャルル王、隣には王室侍従長のラ・トレモイユ、元帥のジル・ド・レが陣取っている。その向かい側にフランス中央銀行総裁のジャック・クールが座り、その隣が俺の席だった。


「本日、集まってもらったのはローマ帝国との交渉方針について話し合うためだ。まずは交渉人として誰を派遣するかということについて意見を聞こう」


 全員が席についたのを確認してからシャルル王が口を開いた。


「そのことについては私の部下である、テオ・ダンディーニにお任せいただけるものと思っておりました。ダンディーニ支社長はすでにローマ帝国との交渉を開始しており、交渉場所もパリと決定しているのですから」


「ちょっと待たれよ。ルグラン殿。相手はあのクレオパトラですぞ。東インド会社が我が国を代表して交渉する理由はあるのですかな?」


 俺の言葉にさっそくトレモイユが反論してくる。この交渉にテオが適しているのはテオがクレオパトラの元部下でありどんな人物かよく知っているという点にある。


 だがそれはあくまで世界線が変わる前の話であってこの世界線でふたりに接点はないのだ。

 

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