第121話 バブル発生計画

「身代金を払ってジャンヌを返還するように交渉するというわけだな」


「その通りだ」


「わかった、早速、交渉場所の選定を開始しよう。今のところクレオパトラはイングランドがやることに口出しはしていないようだ。イングランドはシャルル王の権威をおとしめるためにジャンヌを異端だと証明したいはずだ。まずはこれを止めないとな」


「ありがとう、テオ」


 テオは部屋から出ていこうして立ち止まり、こちらを振り返った。


「そうだ、レオ。お前の奥さんもジャンヌと一緒に捕まったんだったな。そっちはいいのか?」


 そうだ、もちろんアイヒのことは気になっている。あいつのことだから何かへまをしでかして状況が悪化するかもしれない。まったく世話の焼けるやつだ。


「すまん、テオ。アイヒの返還もいっしょに交渉してもらっていいか」


「ああ、任せとけ」


 ニコッとセクシーな笑顔とともにテオは部屋を出て行った。


 ジャンヌとアイヒの返還交渉はひとまずテオに任せておいていいだろう。さあ、ここからは俺の野望について考えてみよう。


 俺がフランス東インド会社の社長になったのにはおそらく俺の野望が関係している。そう、世界初のバブルを起こすという野望だ。


 以前、世界初のバブルとしてオランダのチューリップバブルについて考えてみたことがある【※94話参照】


 チューリップバブルが起こった背景には資本の蓄積と投資マネーの流入があった。その原動力になったのがオランダ東インド会社だ。オランダ東インド会社は株式会社だ。株式会社の制度は社会の発展にとても役に立った。なにしろ事業に失敗しても自分が投資した金額だけの責任を負えばいいのだ。これを『有限責任』と言う。一方、負債を含めて全ての責任を負う制度を『無限責任』と言う。もちろんこれは株式を通じて株式会社へ投資した投資家についてのことを言っている。株式会社そのものが負債を返済しなくていいわけではない。


 前世での俺の職業、ファンドマネージャーも主な投資は株式で行っていた。もし投資先の会社が事業に失敗してファンドマネージャーが全責任を負わないといけないとしたら怖くてとても投資なんか出来ないだろう。利益を求めてお金マネーが世界中を駆け巡る。この巨大な欲望のパワーがなければバブルは発生しない。とにかくオランダ東インド会社は国の代わりに民間の資金を集めて海外の市場を開拓するという重要な役割を果たした。


 話を現在(1430年)のフランスに戻そう。幸運なことにローマ帝国は貴族や教会による土地所有を大幅に制限する政策を取ったようだ。結果的に土地の売買が盛んになり商人や市民が利益を得た。つまり国や教会ではない民間のお金が増えた。シャルル王とジャック・クール(そして俺も)は、フランス東インド会社を設立することによって民間のお金を取り込むことに成功した。


 そしてもうひとつ――


「ルグラン社長、フランス中央銀行から融資金の一部が届きました」


 数名の社員が手押し車を使って金属の箱を次々と部屋へ運び入れる。


「確認をお願いします」


 社員が箱の蓋を開ける。俺は束ねられた紙を取り出した。紙の表面には聖母マリアが描かれた旗を持つ天使の肖像が描かれている。肖像のとなりには『1リーヴル』と記載してあった。


 ――テンプル騎士団の紙幣


 これこそがお金の移動をスムーズにする魔法なのだ。土地売買の自由化、民間での資本蓄積、中央銀行の設立、紙幣の流通。ローマ帝国の再興により歴史が大幅に早まったようだ。だがどう考えても現実的ではないことが起こっている。スペインやポルトガルによる大航海時代やアジア貿易の拡大がなければ上記のようなことは実現しないはずだ。やはり聖杯の力が発動したと考えるしかない。


 そう考えるとジル・ド・レの錬金術によるジャンヌ奪還という考えもあながち間違っていないような気がする。むしろ『聖杯ルート』っていうのはそういう非現実的なルートなのか?


 ともあれ今はルールに従ってやるべきことをやるしかない。フランス東インド会社の事業のひとつであるアジア地域との貿易事業は一朝一夕では成果が出ない。バブルを起こすとすればドンレミ村開発事業の方だ。ドンレミ村の地下遺跡 (白い部屋のことだろう)からは金、紙幣、聖遺物が出土した。まだまだ探れば色々出て来るだろうと人気化してフランス王国が発行する国債を買って出資する投資家が多数集まっている。


 次はこの国債とフランス東インド会社の株式を交換するのだ。これで事実上、フランス王国の借金はチャラになる。一方で国からゴールドが流出するのを防がないといけない。ドンレミ村で発見された大量の金によってフランス国内のお金の量は大幅に増えた、ところがフランス国内にはそのお金の量に見合うだけの物がないのだ。生産能力がないと言い換えてもいい。


 そうなるとどうなるか? 物の値段が上昇してしまうのだ。つまりインフレーションが発生するというわけだ。これはまずい。より価格の安い外国の商品が売れるようになり、代金として支払う金が外国へ流出してしまう。この後の歴史でスペインは南米の植民地から略奪した金銀で莫大な富を手に入れた。だがその金銀も植民地を維持するための費用や対外戦争の戦費として海外へ流出してしまった。


 俺はその事実を知っている。

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