第120話 テオの後悔

 まずは①の「ローマ帝国との交渉」を検討することにしよう。面識のあるクレオパトラと交渉出来ればいいのだが。書簡でも送ってみるか? それともイングランドを窓口に交渉するか? ローマ帝国は支配はするがそれぞれの国の政治にはあまり口出ししない方針らしい。


 ここに来て俺は気が付いた。クレオパトラが言うところの「テンプル騎士団ルート」は気楽な宝探しの旅だった。ところが「聖杯ルート」になったとたんにスケールが大きくなった。自分ひとりの力では物事が動きそうにない。だれか交渉役として適任はいないだろうか?


 そもそも東インド会社というのだから、社員がいるはずだ。


「ルグラン社長、オルレアン支社長がいらっしゃいました」


 使用人が戸口から覗いて言った。どうも今日は来客が多い日のようだ。使用人に案内されて広間へ入って来たオルレアン支社長を見て俺は息をのんだ。


 ウエーブのきいた肩まである栗色の髪。大きく優しげな青い瞳。どことなくセクシーな雰囲気。間違いないテオ・ダンディーニだ。


「やっと会えたね。レオ」


 開口一番、テオはそう言った。


「もしかして、フィレンツェでの記憶があるのか?」


 直感的にこちらの世界のテオと飛ばさされる前の世界のテオは同じだと思った。


「レオ、お前もメディチ邸での記憶があるんだな」


「そうだ、6年後に飛ばされたんだよ。気がつくと東インド会社の社長になってたんだ」


「そうかそうか、俺はオルレアン支社長になってたぞ」


 俺は話が通じる相手と会えたことがうれしくなって、テオとバグしてしまった。


 俺は取り急ぎ現在自分たちがおかれている状況を説明した。テオはなぜか気まずそうな表情を浮かべている。


「どうしたテオ?」


「すまない、レオ。お前に謝らないといけないことがある」


 テオはそう言って秘密を打ち明け始めた。テオの話によるとテオはクレオパトラが率いる暗殺教団の一員であり、クレオパトラの直属の部下だったということだった。


 最初はクレオパトラの命令で俺に接触してきたのだが、もともとクレオパトラの望みであるローマ帝国再興には興味がなく、ジャンヌと独自に取引をしたそうだ。


「なるほど、ジャンヌの様子がおかしかったのはそのせいか。それでテオ、君の望みは何なんだ?」


「カタリ派の再興だよ。だが勘違いしないでくれ。カタリ派そのものを復活させようと言うんじゃない。カタリ派的な社会、教会と貴族、平民の距離が近い平穏な社会をつくることなんだ」


 テオの思想が極めて現代的だったので俺はとても驚いた。だが中世ヨーロッパにおいては異端と言われても仕方がない思想だ。


「でもどうして本当のことを言おうと思ったんだ?」


 俺の問いにテオは真剣な表情になった。


「俺は読み違ったんだ。クレオパトラを侮っていた。彼女を上手く出し抜けると思っていた。それにジャンヌと上手く交渉出来たとも思っていた。どちらも間違いだった。」


「後悔しているのか?」


「ああ、後悔している。最初からお前に本当のことを言って交渉すればよかったんだ。俺はお前の紙幣ビジネスに心惹かれていたし、ヘルメス文書探しも楽しみで仕方なかったんだ。それなのに俺はジャンヌの交渉に乗ってしまった。彼女は俺が思っていた以上に策士だったよ」


 少し苦笑いを浮かべて話すテオを責める気にはならなかった。


「なあ、テオ。ジャンヌはこうなることを予想していたと思うか?」


「どうだろうな。あの時のことを覚えているか? ジャンヌはヘルメス文書がある場所を知っていた。コジモが暴走してジャンヌに襲いかかった時、ジャンヌは逃げようとしなかった。むしろナイフで刺されることを受け入れているように俺には見えた。お前にはどう見えた?」


「ああ、お前と同じことを思ったよ。ジャンヌがロンギヌスの槍で刺されたことによって大規模な呪術が発動して俺たちは6年後の世界に飛ばされた。その際にその場にいた人間の望みが不完全な形で実現している。そうならばジャンヌ自身の望みも実現しているんじゃないか? そして彼女の狙いはそこにあったんじゃないか? 俺はそう考えている」


「ジャンヌの望みか。だとすると彼女の望みはローマ帝国に囚われて異端裁判にかけられることだというのか? そんなことを望むかな?」


 俺はうん、と唸ることしかできなかった。俺にはどうしても、みんながジャンヌの手のひらの上で転がされていると思えて仕方ないのだ。だがジャンヌが本当は何を望んでいるのかは彼女にしかわからない。もう一度、ジャンヌと会って直接話をしたい。そのためにもジャンヌ奪還計画を進める必要があるのだ。


「しかし、テオ。お前がフランス東インド会社の支社長というのは笑えるな。お前の望みとは随分違うじゃないか」


「そうだな。ラングドックあたりに独立国家ができていて、その辺に飛ばされるならわかるがな。多分、お前と仕事をしたいという望みの方が強かったんだろうよ」


「テオ、早速だがお前に頼みたい仕事があるんだ」


 興味深そうな視線を向けてくるテオに俺は言った。


「クレオパトラとの交渉役をお願いしたい」

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