第119話 ジャンヌ奪還計画

俺の前に現れたマレさんは、相変わらず実直そうな雰囲気を漂わせている。傭兵だったマレさんがフランス王国軍の副指令官とは正直驚いた。久々に会った懐かしさを感じる俺だが、今のマレさんにとって俺はいつも会っている相手なので、おかしな反応はできない。


「マレさん、どうしました?」


 努めて何気ない調子で聞いた。


「ジル・ド・レ司令官のことで相談があり申す」


 マレさんの口から意外な名前が出て来て俺は少なからず驚いた。ジル・ド・レについてはドンレミ村への旅の途中、ジャック、マレ組と俺、アイヒ組で別行動をとったことがあり、ジャック、マレ組はヨランド・ダラゴンに会うためアンジェへ向かったことがあった【32話、ミッションの変更 参照】。


 そこでマレさんはジルに会ったのだが、その時の感想が『何かとても禍々しいものを感じ申した』というものだった【49話、青髭伝説 参照】。果たしてその設定がこの世界線でも残っているのかどうかはわからない。だが、史実ではジャンヌがイングランドに捕らえられた後、ジルはじょじょに異常性を発揮しはじめる。


「聞きましょう。どんなことです」


「実はジル司令官がジャンヌ殿を奪還をする計画を進めておられるのでござるが、フランス中央銀行から東インド会社へ融資された金をわが軍に回すように主張されているのでござる」


「なるほど。でもジル司令官は裕福なお方だ。我々の金などあてにせずとも十分な資金をお持ちでしょう?」


 俺の答えを聞いてマレさんは表情を曇らせた。


「ジャンヌ殿の奪還には拙者も賛成でござる。だが問題はその手段でござって……」


 言いよどむマレさんを見て俺はなんとなく悪い予感がした。


「秘密は守ります。教えてください」


「……錬金術でござる」


 ああ、またか! と俺は心のなかで天を仰ぐ。メディチ邸の地下で起こった事件を俺は思い出していた。ヘルメス文書に収められたロンギヌスの槍を手にしたコジモの血走った目が心に焼き付いている。


「ジルはもしかして錬金術を使って自分の願いをかなえようとしているのですか?」


「最初はジャンヌ殿が移送されるところを襲う計画でござった。だがそれはかなり難しいとわかり申した。ジル殿の屋敷には最近、錬金術師を名乗る怪しげな人物が出入りしているのでござる。そしてそれらの人物に多額の報酬を渡しているとのことでござる。おそらくそれが資金不足の原因でござろう」


「教えてくださり、ありがとうございます。この件については私の方でも対策を考えてみましょう。でもなぜこのことを私に?」


 マレさんは少し恥ずかしそうな顔をした。


「以前、一緒に旅をしたときルグラン殿は不可思議なことに大変お詳しかったのを思い出したのでござるよ。それにジル殿が東インド会社の金を狙っておるなら、ルグラン殿に迷惑がかかり申すかもしれん。そう考えたのでござる」


「そうですか。マレさんとの旅は最高でした。また一緒に旅をしたいですね」


 俺は思わずそう言ってしまった。マレさんは一瞬驚いたような顔をしたがニッコリと笑顔をつくると部屋を出て行った。ジルとは早いうちに関わることになるだろう。6年前、実際に魔術が発動したのだからジルがやろうとしていることを非現実的と切り捨てることはできない。


 またもうひとつ気になることがある。前回はシャルル王のもとをすぐに離れ旅に出ていたので気にならなかったのだが、シャルル王の側近とジャンヌは対立していたはずだ。まだ登場していないが侍従長、ジョルジュ・ド・ラ・トレムイユはどうしているのか?


 史実通りであれば12月下旬にはジャンヌは異端裁判の舞台となるルーアンへ移送されるだろう。ジルが断念したとおり移送中に武力で奪還するのは難しそうだ。俺は机の鍵が掛かっている引き出しを開けて書類を取り出した。書類には『ジャンヌ奪還計画』と記載されている。


 今、記憶が戻って思い出したのだが俺自身もジャンヌの奪還計画を考えていた。計画書にはいくつかの案が記載されていた。


 ①ローマ帝国との交渉


 1番目はこれだ。そもそも俺はお金の力でジャンヌを救うと考えていた。その手段としてテンプル騎士団の財宝を探したのだ。フランス中央銀行から融資を受けた12,500リーヴルをジャンヌの身代金として支払い解放を求める。これが一番真っ当な方法だろう。


 ②異端裁判の関係者買収


 ローマ帝国との交渉が不調に終わった場合や、ローマ帝国との交渉を行わず直接、関係者を買収する方法だ。もし史実通りに進むならジャンヌに対する異端裁判の裁判長はボーヴェ【パリの北に位置する都市】司教のピエール・コーションが就任するはずだ。コーションや陪審員に金を渡し買収しジャンヌを無罪とする。


 ③異端裁判に弁護人をつける


 史実のジャンヌは異端裁判に当たって弁護人をつけてもらえず、たったひとりで弁明を行なった。ローマ帝国側に公平な裁判を求め弁護人をつけてもらう。法廷闘争という極めて現代的な手法だ。


 実際には①〜③を同時並行的に行うのが現実的と思われる。うん、これだ。俺が求めていた刺激的な展開だ。何だか楽しくなってきた俺はふぅーっと息を吐き出した。


 

 

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