第118話 ローマ帝国の再興
ローマ帝国ってなんだよ? と聞こうかと思ったがこれ以上おかしな発言を繰り返すとさすがのジャックも不審に思うだろう。適当に話を合わせることにする。
「おおっ、そうだなローマ帝国だ。もちろんビザンツ帝国のことじゃないよな?」
「ビザンツ帝国にそんな力はないだろ。自称ローマ帝国の方だよ」
自称ローマ帝国? ますます訳がわからなくなってきた。これ以上はヤバい。ジャックにはいったん退出願おう。
「おおっとそうだった! 急いでかたずけないといけない仕事があるんだった。ジャック、すまないがしばらくの間、ひとりにさせてもらっていいか?」
「いいぜ、寝てたぶんしっかりやってくれ」
相変わらず物分かりのいいやつだ。これで少し時間が出来た。俺はこの時代の記憶が形成されるのを待ちつつ、天使ノートに表示されたチュートリアルを懸命に読んだ。その結果分かったことは以下の通りだった。
今から6年前の1424年、イタリアのフィレンツェで市民が反乱を起こしたメディチ家は権力を失い全く無名だった一人の男が権力を握った。彼は自らをチェーザレと名乗った。もちろんボルジア家のチェーザレとは別人だ。また彼の妻はクレオパトラといい大変な美貌の持ち主だという。彼に共鳴したイタリア中の市民や農民が一斉蜂起した結果わずか1年で教皇領を除くイタリア半島全てがチェーザレの支配下に入った。
さらに同じことがイベリア半島でも起こる。ジョアン1世統治下のポルトガル王国、フェルナンド1世のカスティーリャ王国、アルフォンソ5世のアラゴン王国が次々とチェーザレの支配下に入ったのだ。天使ノートの記述ではこれらの市民はクレオパトラに忠誠を誓う暗殺教団の信者がなりすましたものであるらしい。
極め付けはフランスと百年戦争を戦っているイングランドもチェーザレの手に落ちたことだ。イングランド王ヘンリー6世はまだ幼かったため、イングランドをグロスター公ハンフリー、フランス占領地をベッドフォード公ジョンが摂政として統治していたが、イングランド領で反乱が発生しチェーザレの支配下に入った。
不思議なのは上記の王や摂政たちが大した抵抗もせずにチェーザレへの忠誠を誓ったことだった。またチェーザレもそれらの国を直接統治することはせず、現地の王に任せたため実質は何も変わらなかった。チェーザレはイタリア半島とそれらの支配地域をローマ帝国と呼称した。そして自らをラテン語のカエサルと呼ぶように命じたのだった。
もうひとつ不思議だったのは、フランスでは反乱が起こらなかったことだ。ローマ帝国は3年後の1427年には神聖ローマ帝国と同盟を結んだ。これによってフランス王国は周りを敵に囲まれることになった。自称ローマ帝国の皇帝カエサルことチェーザレの妻、クレオパトラ。6年前俺たちを襲った賊の女と同一人物だろう。
クレオパトラの言っていた『ある方』とは誰か? あいつの叶えたい望みとは何か? 前者の疑問については答えが見つからない。ただ後者の答えについてはおそらくカエサルの復活とローマ帝国の再興だと思われる。ヘルメス文書に入っていた聖杯とロンギヌスの槍には望みを叶える力があった、コジモは不完全ながらジャンヌを槍で刺し儀式を行った。
同時に反作用が起こったことであの場にいた人間の望みが不完全な形で実現された。それが俺の出したこの状況を説明する結論だった。だとすると完全な形にするにはどうしたらいいのか? クレオパトラが言っていたゲームのルート、つまり『聖杯ルート』に従って『ジャンヌの救済』というミッションを達成しなければならない。
天使ノートの歴史年表によると、1424年以降のジャンヌの動きは歴史通りらしい。つまりは1429年1月にドンレミ村を出発してヴォークルールへ向かい、1429年3月にはシノン城でシャルル王太子と面談。1429年5月8日にはオルレアンを解放している。
ちょっと待て! 6年前、天使ペリエルが本物のジャンヌと入れ替わったんだった。ペリエルはどうなった? オルレアンを解放したジャンヌは本物なのか?
あー、頭がゴチャゴチャしてきた。天使ノートがブルブル震える。
『ジャンヌの異端裁判を阻止せよ』
新しいミッションだ。もしクレオパトラにも同じミッションが下されているなら、あいつにとっては簡単なミッションのはずだ、なぜならイングランドはローマ帝国の支配下にあるんだから裁判を起こさなよう命令すればいい。
ふう――
色々な情報をインプットしてさすがに疲れた。視線をあげて広間を見渡す。広く天井が高い部屋にひとりきり、ジャンヌもアイヒもここにはいない。テオや傭兵レオンはどうなったのだろう? そう言えばクール家の傭兵、マレさんは元気だろうか?
「副司令官がお越しです。ルグラン社長」
広間の戸口から使用人が声をかけてきた。
「副司令官?」
またまた新たな情報が入ってきて俺はギョッとした。
「ルグラン殿、失礼つかまつる」
生真面目な軍人らしい口調を聞いて、俺は懐かしさを感じた。
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