第114話 もう一つの財宝

 天使ノートの指示に従って、階段を降りていく。地下独特のひんやりした空気を感じる。更に進んでいくと倉庫のような場所にたどり着いた。木箱や麻袋が整然とならんでいる。


「特に変わったところはなさそうだな」


 テオが蝋燭で辺りを照らしながら言った。ふうっと風を感じて蝋燭の炎が揺らめいた。この倉庫は廊下の突き当りにあり、ここから先につながる扉はない。地下なのでもちろん窓もなかった。風はどこから吹いているのか? 俺は風が吹いてくる方向へ向かう。そこには倉庫の石壁しかなかった。


「すまんテオ。ちょっとここを蠟燭で照らしておいてもらえるか」


「わかった」


 壁を手で触ってくまなく調べると壁の一部がせり出しており元の壁との間に隙間ができている。その隙間から風が流れ込んでいるのだ。隙間をもっとよく調べると床からちょうど人間の背の高さくらいまで隙間が空いていることがわかった。


 俺はせり出した壁を力いっぱい押してみた。壁はそのまま押し込まれてぐるりと回転する。


 ――回転式の隠し扉だ。


 少し開いていたということは誰かが通り抜けたのだろう。


「どうやらこの先に求めるものがあるようだな」


「そうらしいな」


 俺とテオは顔を見合わせうなずいた。


「さあ行こう」


 隠し扉の先は先に続く通路になっている。途中で角を曲がりさらに進むと開けた場所にでた。何もない広間のような空間だった。広間の奥には大きな鉄の扉がある。そして先客がふたりいた。


 そこに立ち尽くしているのはジャンヌとアイヒだった。


「お前たちここで何をしているんだ?」


 アイヒがビクンと肩をふるわせると振り返る。手には奇妙な形の蝋燭が握られていた。


「ちがうの、レオ。この蝋燭に火をつけたらみんな眠ってしまって。ほんとは私が透明になるはずだったのに」


 アイヒは涙声になっていた。自分がしでかしたことに驚いているのだろうか。


「意味がわからん。ジャンヌ、説明してくれ」


 振り向いたジャンヌの目は大きく見開かれており、興奮しているのか頬が紅潮しているように見えた。


「レオ、この扉に見覚えはありませんか?」


「あるはずがない。ここは初めて来た場所だ」


「ここを! ここを見てください!」


 ジャンヌは俺の言葉が耳に入らなかったかのように扉の一部を指で指した。


 そこにはラテン語で次の言葉が記されていた。


さいは投げられた』


 カエサルが軍を率いてルビコン川を渡るときに言ったとされる言葉だ。


「この言葉は私が書いたものです! ドンレミ村の白い部屋で!」


 ジャンヌが何を言っているのか全く理解できない。なぜドンレミ村で書いた文字がこのメディチ邸にあるんだ?


「レオ、まだわからないのですか? この扉は白い部屋へ通じる扉です。テンプル騎士団第2の財宝は結局、同じ場所にあったのです! さあ扉を開けますよ」


「あっ! 待てジャンヌ」


 止める間もなくジャンヌは扉の取っ手を引いた。扉の奥から明るく輝く白い光が差し込む。


 扉の奥に見えたのは見覚えのある風景だった。


 ――白い部屋


 ドンレミ村の教会地下にあったどこまでも続く空間。しかし、いったいなぜ? 俺は首を傾げた。もしかしたら、この部屋へ通じる扉は世界中にあるのだろうか?


 いや別の可能性もある。一定の条件でこの部屋へ続く扉が現れるという可能性だ。


「さあ、いきましょう!」


 何かにとりつかれたようにジャンヌは部屋の中をまっすぐ進んでいく。テンプル騎士団の黄金とは違い、「それ」はすぐに見つかった。


 木製の円形ハンドルがついた大きな鉄の扉。これは壁に埋め込まれた金庫ではないか。


「レオ、手伝ってください」


 ジャンヌに命じられるまま、いっしょにハンドルを回す。ガチャリと音がして扉が開く。扉の奥を蝋燭で照らすと巨大な棚が設置してある。棚には、何か紙の束のようなものが大量に積まれている。


 俺にはそれが何かすぐに理解できた。前世で務めていた投資銀行の仕事でたまに見かけたもの、現代のお金。そう、それは札束だった。


 束をひとつ取り上げて確かめる。現代の紙幣にくらべても遜色ないほど薄い。フランス語で『1リーヴル』と記載されている。紙幣の中央には旗を持った女性の肖像が描かれている。


 黄金と紙幣。テンプル騎士団もまた俺と同じ紙幣ビジネスと考えていたと言うことか?


 肖像の女性はジャンヌ・ダルクに似ている。ジャンヌの容姿を正確に描いた肖像画は残っていない。ほとんどは後世の画家が想像で描いたものだ。紙幣に描かれている女性は鎧を身につけ旗を持っている。現代人ならジャンヌ・ダルクを連想する絵だと言える。これはジャンヌ・ダルクを記念して作られた紙幣なのではないか? テンプル騎士団の時代に生まれていないジャンヌを描いた紙幣が作られたと言うのか?


 様々な疑問が浮かんでくるが、答えは見つからない。


「おめでとう! ルグランくん」


 大きな声が俺たちの背後から響いた。聞き覚えのある声だ。


 驚いて振り返る。そこに立っていたのはコジモと赤いチュニックを身につけた若い女、そして傭兵のレオンだった。レオンは両手を枷で拘束され女の持った鎖に繋がれている。さらには口も布で塞がれていた。肩や胸から出血しておりよろよろとした足取りだった。


 さらにコジモが持っているものを見て俺は戦慄を覚えた。コジモはクロスボウと呼ばれる弓を持っていたのだ。




 

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