第113話 時は満ちる
「何事だ?」
肩で息をしている部下にコジモが聞いた。
「倉庫が荒らされています!」
コジモの顔色が変わる。
「ちょっと失礼」
コジモは部下と一緒に廊下へ出て行った。盗難は大事件だ、だがコジモの反応はそれ以上に感じられた。もしかして倉庫に大事な品が入っていたのか? もしかして
どうしていいかわからず、部屋でおとなしくしていると、どこからかガラスの割れるような大きな音がした。部屋の外で人がいきかう足音がして大声で何か言っているもの聞こえる。さすがにジッとしていられず部屋の扉を開けて廊下へ出た。
廊下では使用人たちが足早に行き来しており、口々に何か叫んでいる。コジモの姿は見えない。使用人のひとりを呼び止めて何が起こったのか聞いてみる。
「よくわからないのですが、倉庫が荒らされたと思ったら、今度は屋敷の窓ガラスが割れて何かが投げ込まれたらしいのです。屋敷内にも侵入者がいるのでは?と探しまわっているところです」
そう言うと使用人は駆け去ってしまった。せっかく商談にこぎつけたというのにとんだ邪魔が入ったものだ。これでは商談は中止だろう。勝手に帰るわけにもいかずとりあえず部屋へ戻ろうとして、おやっと気が付いた。
ジャンヌとアイヒがいない!
あいつらどこ行った? まさか野次馬みたいに使用人について行ったのか?
「レオン、ジャンヌとアイヒがいないぞ。どこへ行ったか知らないか?」
「あれ? いつの間に? すいません探してきましょうか?」
「ああ、頼む。俺とテオは部屋で待っとくよ」
承知しました、と言ってレオンは立ち去った。残った俺とテオはコジモの執務室へ戻り、みんなが帰ってくるのを待つことにした。
「いやはや災難だったね。せっかくうまく行きそうだったのに」
苦笑いを浮かべてそう言ったテオに俺は首を振った。
「プレスター・ジョンの話をしたときのコジモ殿の顔を見たか? なんともいえない微妙な表情だったぞ。ドン引きしたんじゃないのか?」
「確かに微妙な顔だったな。やっぱり幻のキリスト教王国は胡散臭かったのかもな」
俺の問いにテオも苦笑いを返した。
「もし俺の紙幣ビジネスがコジモ殿に認められなかったとしても手伝ってもらえるか?」
「その時は一緒に出資してくれる資産家を探せばいいさ」
俺の問いにテオは笑顔で答える。まだ付き合って日は浅いが案外いいやつなのかもしれない。
「コジモ殿からは、ヘルメス文書を探す仕事だけを請け負って旅をしながら出資者を探すのはどうだ?」
旅か……今思えばブールジュからドンレミ村までの旅はとっても楽しかった。どこか一ヶ所に止まってビジネスを立ち上げるよりも旅をしながら財宝を探す方が俺には向いているのかもしれない。
「いい考えだ。イタリアにも行ってみたいところがたくさんあるしな」
「おおっそうか。俺はフランスに行きたいぞ」
ふたりで盛り上がってハハハッと笑い合った。そういえばジャックともこんなふうに笑いあったっけ。ジャックやマレは元気にしてるかな?
ふと気がつくと部屋の外が静かになっている。さっきまで大変な騒ぎだったのにどうしたんだろう?
「やけに静かじゃないか?」
「ああ、変だな?」
ふたりで顔を見合わせる。様子を見ようと俺は廊下に出てみた。廊下には誰もいない。
「誰もいないぞ」
耳をすませるが何の音も聞こえない。静寂があたりを包んでいる。使用人が全員出払ってしまったのだろうか? コジモの執務室は2階にある。俺たちは階下へ降りる階段があるところへ行こうと廊下を進み、廊下の角を曲がった。
複数の男性が床に倒れている。服装からみてこの屋敷の使用人だ。
「大丈夫ですか?」
男性のうちのひとりに声をかける。男性はうつ伏せに倒れており声には反応しない。呼吸はしているようだし怪我もしていないようだ。どうみても眠っているように見える。
「こっちも反応がない。まるで眠っているようだ」
別の男性の体をゆすっていたテオが言った。俺は階段の降り口から階下を覗き込んで愕然とした。そこにはさらにたくさん使用人たちが倒れていたからだ。倒れている場所や格好から歩いていて突然倒れたように見える。
「何かの病気か、有毒なガスかもしれん。気をつけろ!」
マスクがわりになりそうな布を持っていないので、服の袖で鼻と口を覆って階段を降りていく。アイヒとジャンヌ、それにふたりを探しに行ったレオンは無事だろうか? 3人の無事を確認せねば。
――腰の巾着袋がブルブルと震えた。天使ノートの着信だ。こんなタイミングで、と思ったが、こんなタイミングだからこそなのかもしれない。
『神の声は集い時は満ちた。地下室へ行き見届けよ!』
メッセージの前半は意味不明だった。時は満ちただと? 知らないうちに何かが起こったのか? だが後半のメッセージは明確だ。このメディチ邸の地下へ行けというのだ。ご丁寧に地下室への行き方も地図で示してある。
「テオ、うまく説明できないのだが、地下室で何かが起こったようだ。俺は確かめにいく」
「わかった俺もいくよ」
テオは説明しろとは言わず、そう答えてくれた。
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