第111話 ミシシッピバブル
【フィレンツェのレオ・ルグラン】
ジャンヌがテオ・ダンディーニと有利な契約を結んでくれたおかげで、ヘルメス文書のことはとりあえず置いておくことが出来るようになった。俺のビジネスプランを外部に漏らさないという守秘義務契約も結ぶことができた。俺はテオの商館を訪れて、硬貨の代わりに紙幣をつくるというアイデアを説明した。
もともと為替手形を利用していたテオは、金貨の価値を裏付けとした紙幣をつくるというアイデアを理解してくれた。そして問題はいかにして紙幣を使ってもらうか? つまり紙幣を信頼してもらう方法が重要ということも理解したようだ。
「中央銀行を作れないかな?」
俺は、テオに相談してみた。
中央銀行とは国や地域の中核となる機関のことで、日本国では日本銀行、アメリカ合衆国ではFRB(連邦準備制度理事会)が該当する。歴史上はじめての中央銀行はスウェーデンのリクスバンクだ。ただ現代の中央銀行に近い近代的な中央銀行といえばやはりイングランド銀行ということになるだろう。
1689年、フランスのルイ14世とイングランド王、オレンジ公ウィリアムの間で戦争が勃発した。イングランドでは、国家財政が困窮したため財源調達法という法律が成立した。株式会社が120万ポンドを政府に貸し出す代わりに、紙幣を発行することが認められたのだ。この株式会社こそ
この後、イングランドでは有名なバブル、
※注……ジョン・ロー(1671〜1729)スコットランド出身の経済思想家。ロンドンで財産を築き成功するが、貴族と決闘し殺害、投獄され死刑判決を受ける。その後脱獄に成功しアムステルダムで銀行業を始める。ヨーロッパ各国を巡り独自の貨幣理論を唱えた。後年にはフランスの財務総監に就任してフランス初の紙幣を発行する。
「中央銀行? 聞いたことない仕組みだな」
イングランド銀行ができるのが1694年のことだ、今はまだ1424年なので270年も先の話になる。テオが理解できる方がおかしい。現代の中央銀行には3つの役割がある、いわゆる「発券銀行」、「銀行の銀行」、「政府の銀行」だ。俺はテオにも理解できるように今の時代背景に合わせて説明してみた。
「貴族や商人からお金を出資してもらい銀行をつくるのか。そしてそのお金は王に貸し出す。出資した人間には出資証明書を渡して配当を払うというわけだな」
「その通りだ、テオ。そしてその銀行は、保有している金と交換できる紙幣を発行する。王は国民に対して納税は全て紙幣によって行うことを命じる。紙幣が十分行き渡ったところで金と紙幣の交換をやめる」
「問題は人々が紙幣をすぐに金に交換してしまい、紙幣が行き渡らないということだな」
そうだその問題を解決しない限りこのビジネスは絵に描いた餅でしかない。俺がモデルとしたジョン・ローはどうしたのか?
ローはイングランド銀行に、東インド会社の機能をプラスした。つまり儲かりそうなプロジェクトへの資金を集め投資する機能だ。俺が前世で勤めていた投資銀行にも似ているので親近感があった。当時、フランスは北アメリカに植民地を保有していた。ミシシッピ川流域のルイジアナと呼ばれた地域は未開拓の荒地であったが、その地域の独占開発権を持つ会社をローは設立した。
ローのたくみな宣伝と国王の後押しにより、ミシシッピ会社の株価はどんどん上昇していった。会社はみるみるうちに拡大していく。東インド、中国、南太平洋地域との独占貿易権やフランス東インド会社の所有権が与えられた。1719年6月に550リーヴルだった株価は、7月には1,000リーヴル、9月には5,000リーヴル、そして12月には1万リーヴルに達した。
人々はミシシッピ会社の株式を手に入れようと必死になった。ローの計画には紙幣の発行が深く関わっていた。ローは紙幣を発行できる銀行、バンク・ジェネラルを1716年に設立しており、この銀行はやがて王立銀行になった。フランス政府はこの銀行が発行した紙幣で債務を返済し、世の中に出回った紙幣を新しく発行したミシシッピ会社の株式を売りつけることにより回収した。
かなり話がややこしくなった。かなりざっくりと説明すると、フランス政府の借金がミシシッピ会社の株式と交換されたのだ。それどころか新しく紙幣を増やしてもミシシッピ会社の株式が欲しい投資家が株の代金としていくらでも受け取ってくれるので、これはもう錬金術といっても過言ではない。
ただしこの錬金術は、金以外の金属から
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