第107話 願いをかなえる店

【フィレンツェのジャンヌとテオ】


「レオと私を仲間に? そんな話、信用できませんね。あなたはレオを騙そうとしている。騙してエルメス文書を探させようとしている。それは事実でしょう?」


「君がそう思うのももっともだ。なので取引をしようじゃないか」


 テオは腰に下げた巾着袋に手を突っ込むと、紙の束を取り出し机の上に置いた。かなり古いものらしく、書かれた文字も色褪せている。


「これは?」


「テンプル騎士団、第4の手記だ」


 なるほどレオから聞いた話だとテンプル騎士団の手記は5分割された。第1から第3、それと第5の手記はレオが手に入れた。だが第4の手記だけは賊の女に奪われてしまったのだ。賊の女であるシスターモンテギュ――今はマリア・サルヴァドーリの部下であるテオが持っていても不思議ではない。


「私の考えはこうだ。テンプル騎士団の財宝はふたつある。ひとつ目の財宝、すなわち黄金は手記を解読してドンレミ村にたどり着き、君の協力を得ることができれば入手できた。だがふたつ目の財宝を手に入れるには5つの手記全てを入手する必要がある」


「根拠はあるのですか?」


 テオは、手記のページを慎重に開くと書き込まれた一文を指し示した。そこには元々書き込まれていた文章の余白に新しく書き込まれたと思われる走り書きがあった。


『天使様は私におっしゃられた。「大いなる厄災を避けるためふたつの希望を隠しなさい。希望を再び得るための言葉は5つに分かたれる。ひとつの希望は乙女のもとに、もうひとつの希望は全ての言葉を知るものに与えられん」と』


「ふたつの希望とは、騎士団の隠したふたつの財宝を指していると思われる。そして5つの言葉とは騎士団のメンバーが残した5つの手記のことだ……」


「乙女とは私のことでしょうか? であればひとつ目の財宝は私のところにあり、もうひとつの財宝は全ての言葉、すなわち全ての手記を持つものに与えらえる、そう解釈できますね」


 私はテオの言葉をさえぎって言った。


「理解が早くて助かるよ」


 テオは肩をすくめてから言葉を続ける。


「この手記を君に譲ろう。そのかわりお互いに協力するのはどうかな? 悪い話じゃないと思うがね」


 確かに悪い話じゃない。それどころかとてもいい話だ。手記が全部そろえば、もうひとつの財宝が手に入るかもしれない。また2週間後にはコジモさんに、レオの計画について具体的なプランを示さないといけない。そのためにはテオの協力がいるだろう。


「わかりました。契約を結びましょう。……ただ、ひとつだけ約束してください。決してレオを裏切らないと」


「わかった、約束しよう」


 口約束なぞ何の意味もないことはわかっている。それでも言質げんちをとっておきたかった。


 こうして私は、テオ・ダンディーニと共同事業の契約を結んだ。


 ※※※※※


 【フィレンツェのアイヒ】


 女性の司祭様に教えてもらったお店『テンタチィオーネ』はこじんまりとした目立たない店だった。店の扉を開けて中に入るとそこは薄暗い部屋となっており奥にカウンターがあった。カウンターを挟んで女性の店員と客が向かい合って話をしているところだ。


 よく見ると、店員は白い仮面を被っている。なにか素顔をさらしたくないわけでもあるのだろうか?


「ありがとうございます。おかげで願いが叶いました!」


 女性客は仮面の店員にむかってしきりにお礼を言っている。


「お役に立てて本当にうれしいわ」


 仮面の女が言った。客は満足した表情を浮かべて店を出て行った。次は私の番だ。


「こんにちはー」


「いらっしゃいませ」


 勢いに任せてここまで来ちゃったけど大丈夫かな? よく考えたらついふらふらと教会へ入り、興味本位に罪を告白したし、余計な相談までしてしまった。なんかお店を紹介されてのこのことやってきた。これって典型的な詐欺にあうパターンじゃないかしら? まあせっかくだから話だけ聞いてみよう。さっきのお客さんもお礼言ってたしね。


「あのー、こちらはどのようなお店なんですの?」


「初めてのお客様ですね。もしかしたら紹介でいらっしゃいました?」


「ええ、まあそんなところです……」


 ちょっとはぐらかして答えてみた。これで様子をみよう。


「この店はお客さまのお悩みを解決してさしあげる店なんですよ。何かお悩みがあられるのでしょう?」


 仮面で隠れているので、店主の表情は読み取れない。ただとても優しい声だ。なんだかペリエル先輩を思い出しちゃった。


「自分が何に悩んでいるのかよくわからないんですの」


 なるべく上品に振る舞おうとして変な言葉遣いになってしまった。


「好きな――」


 店主が優しく語りかけてくる。


「人がいるのですね」


 ええーっ! なな、なんと? 聞き間違い?


「身近に好きな男性がいらっしゃるのでしょう?」


 顔がぶわーっと熱くなる。心臓の鼓動も速くなった。そんなことあるわけないじゃない! でも頭に浮かんだのは、レオの顔だ。


「そ、そんなんじゃ、ありませんわ」


 まずい! 声が裏返ってしまった。


「いいえ、あなたの悩みの根本はそれです。そのことが全ての悩みに通じているのです。よく思い返して下さい」


 私が、私が……レオのことを好き? そんなことあるわけない。あり得ない。あんな意地悪なやつのことなんて……

 

 


 

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