第106話 異端の復活
「おや? 顔色が悪くなったね。ジャンヌ」
私の内心を見透かしたようにテオは言う。私は、レオとアイヒがドンレミ村に至る旅の途中で賊に襲われたという話を思い出した。賊はオクシタニア十字の紋章を残していったということだった。オクシタニア十字は14世紀前半に異端として滅ぼされたキリスト教の異端、カタリ派の紋章なのだ※。
※注……36話参照。
「テオ、あなたがレオたちを襲った賊なのですか?」
「私ではないよ、ジャンヌ。君たちを襲ったのはマリアだ。ルグランから話を聞いたのかい?」
「レオたちを襲った賊はオクシタニア十字の紋章を残していったと聞いています」
「まったく趣味が悪いことをしてくれたもんだ。君たちを混乱させるためだったんだろうが、オクシタニア十字をそんなことに使ってほしくはないね。言っておくが私はカタリ派の信者ではないよ。カタリ派は消滅したんだ」
「では、『カタリ派の復活』とはどういう意味です?」
「君はオクシタニアがどんな場所だったのか知っているのかい?」
質問に質問で返され私はムッとした。異端の話など聞きたくない。
「聖書の教えを受け入れず、聖体の秘跡※を否定する人々が地元の貴族たちと結びついて、カトリック教会に払うべき税を独り占めしていたのでしょう」
※注……カトリック教会にある7つの秘跡のひとつ。キリストは最後の晩餐でパンとぶどう酒を弟子たちに与え、パンは自分の体で、ぶどう酒は自分の血として「これを私の記念として行え」と命じたという。
「おやおや、ずいぶんと手厳しいね。私はねジャンヌ、福音書の解釈について君と議論するつもりはないんだ。オクシタニアでは貴族も聖職者も村人もお互いに交流しながら仲良く暮らしていたんだ。村人から選ばれた執政官が領主へ意見することもできた。驚くべきことに女性による財産の相続や領主としての権利を共有することも認められていた。女性の司祭もいたんだよ」
テオの言っていることは本当だろうか? ドンレミ村の農民はどうだろう。領主様に命じられるままに畑を耕し農作物を育て、収穫し税を納める。領主様に意見するどころか直接、口をきくこともほとんどないだろう。私は天使ペリエル様や貴族レオの力があってはじめて自分のやりたいことを実行することが出来た。
「つまりは、世の中をオクシタニアのように変えたいということですか? それのどこがささやかな望みだというんですか? ローマ帝国の復活と同じくらい困難でしょうね」
「何も世の中全体を変えたいと思っているわけじゃないさ。どこかにそういう場所を作ることができればそれでいい。フランス南西部のトゥールーズやアルビのようにね。マリアがローマ帝国を再興できるというなら、その領内にある自治区でもいいさ。ここフィレンツェもかつてはローマの植民都市だったのだからね」
「あなたの目的はよくわかりました。わからないのはなぜ私たちの邪魔をする必要があるのか? という点です。カタリ派を復活させたいというなら勝手にやればいい。私は止めません。あなたの目的にテンプル騎士団の財宝が必要ですか?」
私の言葉を聞いたテオはあごに手を当てるとしばらく考えていた。
「難しい質問だね。私はマリアに雇われている身だ。だから表面上はマリアの指示に従って動いている。でも君は違うようだね。君はルグランに雇われているわけではない。だから彼の指示に従う必要はない。君は君自身の意思でルグランの役に立ちたいと思っている。だがルグランはどうだろう? 彼は君のことをどう思っているのかな?」
私は、レオと初めて会った時のことを思い出した。レオは自分の目標を果たすためにドンレミ村に来たと言っていた。神様が私に仰った西からの旅人が自分なのかどうかはわからないが、私に自分が本当にやりたいことをやった方がいいと言ってくれた。私は思わずイタリアへ行きたいと言ってしまった。イタリアへ行けば何か大事なものを見つけることができると思ったからだ。
「レオが私をどう思っているのかは、正直わかりません。ですが私はレオが神様の仰る、私を導いてくれる人だと信じています。あなたがレオの敵だというなら契約は結ばせません」
「なるほどルグランのことを信頼しているんだね。確かに今までマリアは強引な手法で君たちからテンプル騎士団の財宝を奪おうとしていた。だがことごとく失敗してね。そのやり方ではうまくいかないと考えを改めたようだ。だから彼女は私にルグランと協力するように指示した。うまく仲間になって効率よく財宝を見つける。その上で最後に財宝とジャンヌ、つまり君を手に入れるという計画だ」
テオが何を考えて手のうちを明かすのか私には理解出来なかった。上司であるマリアを裏切るつもりなのだろうか?
「マリアを裏切るつもりですか?」
「マリアはルグランに協力しろと言ったんだ、だったら俺は彼女の指示に従うだけだ。たが俺は財宝には興味がない。財宝をどうするかは君たちとマリアで決着をつければいい。そして君がルグランのために働くというのならルグランごと俺の仲間になってもらおうじゃないか」
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