第102話 プラトンの思想
「私もギリシアは大好きです! 特にソクラテスさんは尊敬しています」
「ソクラテスですか。ジャンヌさんは相当お詳しいようだ。コジモ殿が興味をお持ちなのは、そのソクラテスの弟子であるプラトンの思想だそうです」
コジモは主治医の息子であるマルシリオ・フィチーノにフィレンツェ郊外の別荘を与えた。マルシリオは友人たちと共にプラトン・アカデミーというサークルを作りここからルネサンス文化が花開いたという。ちなみにマルシリオが生まれたのは1433年であり、今から9年後のことだ。
「プラトンさんと言えば……『万物は一者から流出したものである』という言葉を読んだことがあります」
「それはネオプラトニズムの創始者であるプロティノスの主張ですね。プラトンより500年後の人物です」
やばい、テオとジャンヌの哲学談義が始まってしまった。信心深いジャンヌにとって『ヘルメス
「ああ、ダンディーニ殿。正直「ヘルメス文書」を手に入れるのはかなり難しいのではないですかね。それを承知でコジモ殿は依頼したのでは?」
「そこなんですが、実はヒントがありましてね。先日、フィレンツェがアクレサンドリアへ派遣した商船がリヴォルノ港へ帰港しました。その商船にはコジモ殿の部下が乗っていたのです」
「ああ、その船のことなら知ってますよ。積み荷に
「はい、おっしゃる通りです。驚くことにその社員が『ヘルメス
「フランスにですって?」
正直驚いた。少なくとも東ローマ帝国領内か、アレクサンドリアでなければ手に入らないだろうと思っていたからだ。しかしこともあろうにフランスとは。
「おそらくその話を聞いたコジモ殿は、フランスから来たルグラン殿に依頼することを思いついたのではないかと思います。ですがルグラン殿からはもっと魅力的なビジネスの提案を受けた。それでヘルメス文書については私に依頼することにして、私からルグラン殿に依頼させるように仕組んだのでしょう。あくまでも私の推測ですが」
「しかし、フランスと言っても広いのです。それだけでは雲を掴むような話だ。もっとこう具体的な情報はないのでしょうか?」
俺が話に興味を持ったと思ったのか、テオの顔がほころんだ。
「申し訳ありません。私が知っているのはここまでです。どうでしょうご興味を持っていただけましたか?」
正直に言うとテオの話にはとても興味を惹かれた。もともと歴史ミステリーや都市伝説の類いは大好物なのだ。テンプル騎士団の財宝を探せるだけでむちゃくちゃ楽しめたのに、この上ヘルメス
一方で出会ったばかりのテオに、紙幣ビジネスについて明かすことについて一抹の不安があるのも事実だ。どこからどう見ても好青年なのも逆に気になる。
「ダンディーニ殿。話を聞かせてもらって図々しいとは思うのですが、一度、社員たちと相談させてもらってよろしいでしょうか? そうですね明日ご返事差し上げるということでいかがでしょう?」
「私は構いませんよ。ちゃんとルグラン殿や社員の方に納得した上でご協力いただきたいと思いますので」
テオは爽やかな笑顔と共に言った。
俺とジャンヌ、レオンの3人はサルヴァドーリ商会をでて宿屋へ戻った。部屋にアイヒの姿はなくどうやら出かけたようだ。とりあえず3人で食堂へ集まり会議を行うことにした。
「ダンディーニの話だがどう思う?」
俺は単刀直入に意見を求めた。
「私はヘルメス文書のことはわからないのですが、ダンディーニさんからは誠実な印象を受けましたね」
傭兵のレオンが言った。
「私はヘルメス文書にとても興味があります。ダンディーニさんがどのような方かは正直わかりませんが、一緒に仕事をしてみてもいいと思います」
「ふたりともダンディーニをビジネスパートナーにすることに賛成ってわけだな。ところでジャンヌ、お前、ヘルメス文書の内容を知っているのか?」
「残念ながら知りません。ただギリシア哲学については一応学びました。レオは知っているのですか?」
「アイヒとペリエルの知り合いであるミカエル様がワルキューレに恋文を送った(※注)という話覚えているか?」
※84話参照
ジャンヌの顔が少し曇った。
「ペリエル様は天使なのですからミカエル様といえば大天使ミカエル様ということになります。アイヒさんの笑えないジョークなのでしょう?」
「ああ、全く笑えないジョークだ。だがそのときお前はこう言ったんだ。『我々の神とは「父なる神」、「神の子であるイエス様」、「聖霊」の
「はい、申し上げました。いくつもの神が存在してはいけません。また神に匹敵する負の存在があってもならない。それらは神性が不足している存在と考えるべきです」
「模範解答だな」
俺は肩をすくめた。
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