第101話 ヘルメス文書
「私も読ませて頂いてよろしいですか?」
俺はテオにコジモの手紙を渡した。
「なるほど、この手紙によると私達とルグラン殿が協同してミッションにあたるのが依頼の条件になってますね」
「それにこれだと、お互いにコジモ殿にどんなビジネスを持ちかけたのか、もしくは持ちかけられたのか開示しないといけない」
テオの言葉に俺はため息混じりで返す。
「ひとつ質問してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「この手紙に書かれている『銀行券』とは何でしょうか?」
当然の疑問だろう。しかしその説明をすることはテオに俺のビジネスプランを明かすことと同じだ。
「ダンディーニ殿、ここからはビジネスの話になります。『銀行券』について貴公に説明することは、私のアイデアをあなたに教えることになるのです。これはかなりの損失になる。貴公とはまだ面識も浅い。簡単に教えることは出来ない」
「ごもっともなご意見です。ビジネスパートナーになるのであればお互いを信頼しなければならない。私がコジモ殿から依頼された仕事はルグラン殿の協力がなければ成功しそうにないと感じました。ですのでまずは私がコジモ殿から依頼された仕事をお話ししましょう。その上で私にご協力いただけるかどうかお決めになったらどうでしょう?」
さてどうするか? 俺の野望を達成するには優秀な相棒と強大な権力者の力がいる。フィレンツェで最も頼りになる権力者はコジモで間違いない。問題はテオが優秀な相棒かどうかだ。
『テオ・ダンディーニと協力せよ』
天使ノートの指示は明確だ。指示に従わずに変更することも可能ではある。そんな場面がなかったせいで忘れていたがミッションの変更可能回数は3回までなのだ。「シャルル王太子の義母ヨランド・ダラゴンに会う」から「テンプル騎士団の手記を集める」変更したことですでに1回利用している。つまり後2回変更できるのだ。
幸いにもテオはまず自分への依頼内容を教えてくれると言う。それを聞いてから判断してもいいだろう。ちょっとずるいような気もするが仕方がない。
「ダンディーニ殿、せっかくのお申し出だ。まずは貴公が依頼された仕事内容をお聞かせ頂こう」
「わかりました。お話ししましょう」
テオは短く息を吐き出した後、口を開いた。
「『ヘルメス
俺は耳を疑った。まさかテオの口からその言葉が出てくるとは全く想像していなかったからだ。
「
「やはりご存知でしたか?」
ヘルメス文書――ヘルメス・トリスメギストスが著したと言われる錬金術に関しての文献。では錬金術とは何か? 一般的には鉄や銅などの卑金属から貴金属を作り出す技術のことだ。鉄や銅が貴重ではないとは思わないが、これらを
ヘルメス・トリスメギストスは紀元前3世紀から3世紀までの6世紀にわたってヘルメス文書を書いたと言われる。そんな長生きの人間がいるわけないのでヘルメス・トリスメギストスは架空の人物とされる。実際のヘルメス文書は彼の名義を使って複数の人間が書いたと思われる。
また架空の人物と言ったがヘルメス・トリスメギストスとは「3倍も偉大なヘルメス」という意味で、ギリシア神話のヘルメス神とエジプト神話のトト神を合成した神だと考えられていた。
「コジモ殿の依頼とは……まさか?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「ええ、『ヘルメス文書を手に入れて欲しい』でした」
「そんな……」
俺は衝撃のあまり絶句した。もちろん依頼内容の奇妙さもある。だがそれ以上に衝撃を受けたのは今その依頼を受けたことだった。コジモは確かにヘルメス文書の写本を手に入れている、だがそれは1460年のことだ。今から36年も先の話なのだ。若い時からヘルメス文書に興味があったのか? わからん。
――反作用
俺の頭にこの言葉が浮かんだ。アイヒは歴史を変えようとすると反作用が起こると言った。ジャンヌに出会うまでは大きな歴史改変はなかったはずだ。だが今、ジャンヌ・ダルクは俺とともにイタリアにいる。ペリエルを身代わりにして歴史が変わらないように配慮したがダメだったのか。
そうだ、よく考えれば俺は歴史上初めてのバブルを起こすなどととんでもない野望を持っているのだ。しかもコジモに紙幣を作ることを提案した。反作用が起こってもおかしくないだろう。
「ちょっとよろしいですか」
突然、俺の背後から声がした。ジャンヌだ。
「ええっと、どうされました? ジャンヌさん」
テオが戸惑ったような声で聞いた。
「コジモ様はどうしてヘルメス文書を手に入れたがっているのでしょうか?」
テオの目が驚きで見開かれた。見習いの少女だと思っていたジャンヌから予想外の質問をされたからだろう。
「こら、ジャンヌ。ぶしつけに口を挟んだらダンディーニ殿も驚かれるだろう。ダンディーニ殿、申し訳ない。ジャンヌはこう見えても古代の文献についてよく勉強しているのです。何かお役に立つ知識を持っているかもしれません。それで質問したのでしょう」
「いやいや、全然気にしてません。コジモ殿は古代ギリシア哲学に強い興味をお持ちのようなのです」
「ギリシア!」
ジャンヌが叫んだ。
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