第100話 テオとの再会
その後すったもんだの末、テオ・ダンディー二の所へ行くのはアイヒを除いた3人ということになった。4人全員で行ってもよかったのだが、ジャンヌに対抗心を燃やしたアイヒは独自にフィレンツェの街を探索してみると言い出した。
まあ勘だけは鋭い天使だ。何か情報を掴んでくるかもしれない。アイヒと別れた、俺、ジャンヌ、レオンの3人はテオに教えてもらったサルヴァドーリ商会の住所へと向かう。最上階にバルコニーのある質素な作りの商館にサルヴァドーリ商会はあった。
俺が呼び鈴を鳴らすと、しばらくして扉が開く。
「おや? あなたは……」
扉から顔を出したのはテオ・ダンディーニ本人だった。大きな青い瞳と目が合うとテオはニッコリと笑った。
「ルグランさん! 来てくれたのですね。うれしいなあ」
「お邪魔ではなかったですか?」
テオに歓迎されていることがわかりホッとした俺は恐縮しながら尋ねた。
「いや、いや、ちょうど今、お客様もいなくてひまだったのですよ。さあお入りください」
俺、ジャンヌ、レオンの3人は
店舗内を見回すが、テオ以外の従業員はいないようだ。
「コジモ殿のところと違って、人手不足でしてね。今は私ひとりだけなんですよ」
俺の考えていることがわかったのか、テオは苦笑しながら言う。防犯上大丈夫なのだろうか?
「このふたりはクール商会の社員で私の部下です」
俺の紹介の後、ジャンヌとレオンがそれぞれ自己紹介をした。
「おおっ、女性の社員がいらっしゃるのですね。それは珍しい。いや我がサルヴァドーリ商会の経営者も女性だったな。さあ、ルグラン殿はこちらの椅子へ、社員のおふたりはそちらの
テオは、奥の部屋から木のカップを4つ持ってくるとガラスの容器へ入れ替えた赤ワインを
「トスカーナ産の赤ワインです」
テオからカップを受け取り一口飲んでみる。味は硬くお世辞にも飲みやすくはなかった。現代のイタリアを代表するワイン「キャンティ」はサンジョヴェーゼ種という品種を使った赤ワインだ。だが現代のような飲みやすいワインとなったのは19世紀に入って品種改良が行われてからだった。
「もしかしてコジモ殿のところでブルゴーニュのワインを飲まれましたか?」
しまった、ワインの味への感想が表情に出てしまったのかもしれない。
「ええ、でもコジモ殿はワインには手を出さないとおっしゃっていました。輸送が難しいのだと」
俺が答えると、テオはうなずいた。
「なるべくリスクを取らずにリターンを上げる。コジモ殿のお考えは至極真っ当だ」
テオはカウンターへ寄りかかるとじっと俺の方を見た。
「実を言うとですね。ルグラン殿はとても良いタイミングでいらっしゃったのです。私の方からそちらへお伺いしようかと考えていたところでしてね」
「えっ、そうなんですか?」
そんな偶然あるだろうか? いや偶然ではないのだ。テオの方も俺に話がある、だからこそ天使ノートの指示があったのだろう。
「あなたがコジモ殿との商談に行かれた後、私もコジモ殿に呼ばれましてね。そこで私はコジモ殿からある依頼をされました。いやもちろん最初はルグラン殿へお話しした
どうも変な方向へ話が向かっている。
「その依頼とは何です?」
俺は単刀直入に聞いてみることにした。テオはウエーブのかかった栗色の髪の先を触って困ったような顔になった。
「ちょっと待ってください。まだ続きがあるのです。コジモ殿の依頼は非常に奇妙なもので私には荷が重いように思われました。そのことをコジモ殿伝えたところ……」
ここでテオは言葉を切るとカウンターの上に載っている木製の箱から、折り畳まれた紙切れを取り出して俺に差し出した。
「この紙をルグラン殿へ渡すように、渡すまでは中身は見ないようにと言われました」
俺は受け取った紙を広げて中身を確認する。
『1フィオリーノ メディチ銀行券』
『この銀行券は1フィオリーノの金貨と交換できる』
紙にはそう書かれていた。この紙には見覚えがある、俺が紙幣について説明したとき、コジモへ渡したものだ。ただ紙にはインクで以下の文言が書き加えられていた。
『クール商会及びサルヴァドーリ商会へこの『銀行券』で出資させてもらう。正式な契約に至れば5フィオリーノの金貨と交換できる。追記:お互いのビジネスについて内容を開示し、協力して事業を達成することを要件とする』
「マジかよ! やられた」
俺は声に出して叫んだ。噂には聞いていたが、コジモはシャルル王以上の食わせ者だ。おそらく俺やテオとの面談は面白半分だったのだろう。俺とテオの話を順番に聞いて思いついたに違いない。
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