第99話 嘘とハッタリ
俺は、ブールジュで初めてシャルル王に会った時のことを思い出していた。ノルマンディーに行きたくないばかりに、テンプル騎士団やサン・ジョルジョ銀行の話を持ち出した。
今はどうだ。歴史上の偉人、コジモ・デ・メディチに紙幣を作ろうと提案している。コジモがいかに先進的な人物だったとしても理解してもらえるはずがない。
「なるほど、ルグラン殿。君の考えはこうだ。君の持っている大量の金貨をもとに紙のお金を作る。その紙のお金で貸し出しをする。もし紙のお金が信用を得ることが出来れば金貨との交換をやめる。そうすればいくらでも貸したい放題というわけだ」
「ご理解が早くて助かります」
「人々が紙でできたお金を使い続けてくれるための方策は考えているのかな?」
さあどうする?素直にノーアイデアであることを告白するか?それともハッタリをかますか?シャルル王にはハッタリは通用しなかった。コジモにも正直作戦で行った方がいいか。うーん全然わからない。
ハッタリと言って俺が一番に思い浮かべるのが、マイクロソフト創業者であるビル・ゲイツの逸話だ。ビル・ゲイツと友人のポール・アレンは、雑誌の記事で世界初のパーソナルコンピューター、アルテア8800がMITS社によって開発されたことを知った。
ここでビル・ゲイツはMITS社にいきなり電話をかけ、アルテア8800用のコンピュータ言語を開発しており、まもなく完成すると告げた。だがこれは真っ赤な嘘であった。MITS社にプレゼンすることになったふたりはその日からプログラムの開発に着手した。MITS社に向かう飛行機の中でようやくプログラムを完成させたふたりは、ぶっつけ本番でデモを行い成功。プログラムの売却で得た資金でマイクロソフト社を設立した。
「もちろん考えています。ですがまだお話しすることができません。確実に実行できるよう準備がありますので」
言ってしまった。ビル・ゲイツ並みのハッタリをかましてしまった。
「ルグラン殿、貴公のアイデアはとても魅力的だ。もし実現するならわがメディチ銀行の新しいビジネスとして採用したい。そこでどうだろう? 2週間後にまたここに来てくれ。その時に具体的なビジネスプランを示してくれ」
ハッタリは完全には成功しなかったようだ、おそらくコジモは半信半疑なのだろう。2週間後に具体的なプランを示すことができないならサヨウナラというわけだ。
「承知しました。2週間後ですね」
俺はなるべく平然を装って答えた。
コジモに別れの挨拶を済ませてメディチ邸を後にする。本来ならコジモを仲間に引き入れてから解決する問題を自分ひとりで解決しなければならなくなった。しかも他の仲間に相談することなく独断で話を進めてしまった。
「ちょっとあんた、なに勝手に話進めてくれてんのよ!」
食堂で集まったメンバーにコジモとの面談内容を報告すると、案の定アイヒが文句を言ってきた。
「仕方ないだろ。コジモみたいな大物は普通の話じゃ乗って来ねーよ」
「はー? 紙でお金を作る? 全然意味わかんなーい」
ミカエル様に内緒で未来の情報も見てるくせによく言うな、こいつ。
「でもコジモさんはチャンスをくれるって言ったんですよね?」
ジャンヌが助け舟を出してくれた。
「そうですよ。コジモさんはものすごく慎重な方で、一緒に仕事をするのはかなり難しいとお聞きしてますよ。はじめて会ってチャンスがもらえるなんてラッキーですよ」
傭兵のレオンもフォローしてくれる。
「そもそも、テンプル騎士団の財宝はどうなったのよ? それを探しにフィレンツェまで来たんでしょ」
くっ、痛いところをついてきやがる。コジモに紙のお金を提案したのはもちろん俺の野望達成のためだ。テンプル騎士団のもうひとつの財宝については何の情報も得られていない。
俺が言葉に詰まっていると腰の巾着袋がブルブルと振動した。
『テオ・ダンディーニと協力せよ』
やはりそうか。コジモの邸宅でテオと出会ったのは偶然ではなかったのだ。俺はてっきりフランスでの旅でジャックが相棒になってくれたように、イタリアではコジモが相棒になってくれるとばかり考えていたがそうではないようだ。コジモはシャルル王のように、俺とテオを結びつける役割だったのだ。
俺は、改めてコジモの屋敷でテオ・ダンディーニという青年と出会ったことをみんなに説明した。
「あんた、お仲間を見つけるのホントに上手ね」
アイヒが呆れたように言う。
「しょうがねえだろ、出会っちまうんだから」
「その、テオ・ダンディーニという方は本当に信用できるのですか?」
ジャンヌが心配そうに口を挟んできた。
「そうよ、そうよ、ジャックみたいにいい人とは限らないんだからね」
口を尖らせるアイヒに「天使ノートの指示だ」と言いたいところだが、ジャンヌと傭兵レオンもいるので今は黙っておこう。
「とりあえず、会って話をしてみようと思う」
「私を連れて行ってください!」
俺の発言に勢いよく答えたのはジャンヌだった。アイヒとレオンは目を丸くしている。
「私もお役に立ちたいのです」
ジャンヌの青い瞳の奥に赤く燃える炎が見えた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます