第90話 メディチ銀行
【フィレンツェのレオ・ルグラン】
『フィレンツェへ行き、もう一つの財宝を探せ』
天使ノートに現れた新しいミッションを見た時、俺は首をかしげた。確かにテンプル騎士団員の手記にはもう一つの財宝をイタリアへ運ぶと思わせる記述があった。ただそれはイタリアはイタリアでもロンバルディアではなかったか?
1424年現在のロンバルディア地方は、ミラノ公国が支配しているはずだ。1395年にジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティが神聖ローマ皇帝ヴェンツェルからミラノ公に封じられ、ミラノ公国が成立した。ジャンはロンバルディア地方へ勢力を拡大し、ピサ、シエナを次々と征服した。
ミラノ公国はフィレンツェと対立し1402年、ボローニャ・フィレンツェ連合軍とボローニャ近郊のカザレッキオで激突。戦いはミラノ公国が勝利し、ボローニャを征服することに成功した。ところがジャンはペストにかかって急死してしまい、フィレンツェを征服することはできなかった。
テンプル騎士団の財宝がミラノ公国にあるのかどうかはわからない。だが、まず訪れるべきはフィレンツェではなく、イタリア北部の都市、ジェノヴァかヴェネツィアだろうと思っていたのだ。特にジェノヴァには俺がシャルル陛下に融資を受けたらどうかと提案したサン・ジョルジョ銀行がある。
サン・ジョルジョ銀行の親会社であるサン・ジョルジョ商会が誕生したのが1407年のことだ。商会は、国家に対する債権を一つの基金に統合し、これによって債権者の出資金と預金が売買できるようになった。1408年から1444年まで、サン・ジョルジョ銀行は預金を受け入れて融資を行ったのである。
フィレンツェへ行くことになって、俺は考えた。相棒だったジャック・クールがブールジュへ帰ってしまった今、新たな相棒を探さねばならない。俺の頭にはひとりの男の名前が浮かんでいた。
――コジモ・デ・メディチ
通称はコジモ・イル・ヴェッキオ。
世界史に詳しくない人でもメディチ家の名前を知っている人は多いのではないか? イタリア・ルネサンス時代の大富豪一族であり、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロなど多数の芸術家のパトロンとしてルネサンス文化の黄金時代を生み出す役割を演じたことは特に有名である。
1389年生まれのコジモは、現在35歳。今から4年前の1420年に父親であるジョヴァンニ・ディ・ビッチからメディチ銀行の経営を引き継いでいる。ジョヴァンニはメディチ家繁栄の基礎を築いた人物として実質的なメディチ家の「始祖」とされる。
コジモは、実務本位の教育しか受けなかった父ジョヴァンニとは違い、早くから英才教育を受けていた。13歳の時、コジモは父ジョヴァンニが設立した毛織物製造会社の代表者となっている。この頃からメディチ銀行の後継者としての修行を始めたのだろう。
1397年に発足したメディチ銀行は、すでにフィレンツェで最も強力な銀行商会のひとつに成長している。そしてメディチ銀行の急成長を支えていたのはローマ教皇庁との関係だ。イタリア商人は早くからユダヤ人の代わりに教皇庁と深く結びついていた。教皇庁の徴税や資金輸送を請け負うとともに贅沢な生活や聖職売買のための資金調達に関わって莫大な利益を得ていた。
ジョヴァンニは若い時から教皇庁の金融業務に食い込んでいた。特に教皇ヨハネス23世との関係は深く、ヨハネス23世が1410年に即位した際も巨額の資金を提供した。その結果、メディチ銀行のローマ支店長は教皇庁会計院の総財務管理者に指名され、その地位を15世紀末まで確保したのだ。
この話を聞いて思い出すことはないだろうか? そうテンプル騎士団とフランス王家との関係だ。テンプル騎士団はルイ7世の時代、国の財産管理を任されている。ということはメディチ銀行もテンプル騎士団と同じ運命を辿るのだろうか?もちろん歴史の結果はすでに出ているのだが、その話は今はおいておこう。
「わー、見て見てレオ。ドゥオーモよ! おっきい! 綺麗!」
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を見上げてアイヒがはしゃいでいる。
「おい、観光じゃないぞ。あんまりはしゃぐな!」
「ああっ! 見てください、聖ジョヴァンニ様へ捧げられた
おいおい、ジャンヌまで目をキラキラさせてるじゃねえか。もっとも観光気分のアイヒとは違い、ジャンヌは信仰心が刺激されてるんだろう。
「ちょっと、ジャンヌさん勝手に歩いて行かないでください。まったくもう」
そしてもうひとり、今回のイタリア旅に際して雇ったスイス人傭兵、レオン・クリーガーが困ったような声を上げた。レオンは細身の
『コジモ・イル・ヴェッキオに会え』
フィレンツェへ向かう途中で天使ノートに現れたメッセージだ。天使ノートにはご丁寧にラルガ通りにあるメディチ邸の地図も表示されていた。さあ、コジモに会いに行くか。楽しみだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます