第2部 イタリア編
第88話 花の都フィレンツェ
【フィレンツェ 暗殺教団の女】
――ドゥオーモ
ラテン語のDomus(神の家)を語源とし、フランス語のカテドラルと同じく大聖堂を表す言葉。
メルカート・ヴェッキオ市場からカルツァイウォーリ通りを北に進むと、建設中の巨大なドームが見えてくる。不可能と言われたドーム建設は建築家、フィリッポ・ブルネレスキの登場によってようやく可能になった。完成すればこのサンタ・マリア・デル・フォオーレ大聖堂こそがフィレンツェを代表する、いやイタリアを代表する
フィレンツェ出身ではない私でも、ドゥオーモの
ふと共和制ローマ時代のフィレンツェのことが頭に浮かんだ。紀元前1世紀、ローマの退役軍人たちによってここに植民市がつくられた。都市の名前は、フロレンティア。花の女神フローラからとったものだ。春を
ローマ時代の面影は今でもこの街に残っている。
――偉大なるローマ
心の中でつぶやく。あの小娘――ジャンヌには私のこの崇高な理念、燃えるような思いが理解できなかったのだろうか?いやそんなはずはないと即座に打ち消す。ジャンヌは文字を覚え歴史を学んだ。ならばジャンヌにもわかったはずだ。ローマ帝国の再興こそが民に
約1ヶ月前、私はヴォークルールの教会にいた。大やけどを負ったモンテギュの見舞いが終わったその足で待ち合わせ場所に向かったのだ。応接室の向かいの席で、『あの方』は少し首を傾けてこちらを見ている。
「申し訳ありませんせん。しくじりました」
目の前の女は大きな瞳をこちらに向けて微笑んだ。表情とはうらはらに背筋に冷たいものを感じる。
「魅力がありすぎるっていうのも考えものね。教会を燃やしちゃうんだもの」
「もっときつく
「あなたのために必死だったのね。かわいそうに」
女の口調からは哀れみの感情は感じられない。口先だけの言葉に軽い嫌悪感を感じる。
「それで、次のミッションなんだけど……」
私は内心ホッとした。何があってもあきらめないと心に誓ってはいたものの、失敗の責任を取らされてクビを宣告される可能性も考えていたからだ。
「イタリアのフィレンツェへ行ってちょうだい」
「フィレンツェ?」
思わず聞き返してしまった。ジャンヌがイタリアに対して強い興味を持っているのは知っているがそれと関係あるのだろうか?
「わかるように説明するわ。このゲームの目的はジャンヌ・ダルクを救済すること。ただ勝利条件がいまいちハッキリしないのよね。もしかしたら勝利条件なんてないのかもしれない。そんなのゲームじゃないって?言いたいことはわかるわ。だからこう考えたらどうかしら」
『あの方』は愉快そうに人差し指を一本突き立てた。こちらは困惑するばかりで面白くもなんともないのだが。
「このゲームはその時々の選択によって無数に状況が枝分かれしている。仮にその枝分かれ先を『パラグラフ』と呼ぶことするわね。ただしゲームには大きな一本の流れもある。この流れを『ルート』と呼びましょう。ルートはいくつか存在するんだけど、その時優勢な方に選択権がある。最初は先にこの時代に転生したレオ・ルグランに選択権があった。そう考えてみるとどうかしら?」
「どうかしら、も何も、あんたは知っているんだろう?」
まわりくどい言い方につい乱暴な口調になってしまった。そもそもこれは対戦型ゲームでジャンヌが自分の目的を果たせるように助けろ、と言ったのはあんたじゃないか。そう、それにそれだけだと面白くないのでジャンヌに自分の国を持たせるようにしたいとまで言っていた。
「私も研究中なの。わかっていることとわからないことがある。だから試行錯誤しながらゲームを進めていくしかないわ」
「先を続けてください」
それ以上の追求はあきらめて、先をうながす。
「ありがとう。レオ・ルグランはもともと世界史や都市伝説に強い興味と知識を持っていたから正解ルートの一つである『テンプル騎士団の財宝ルート』を選択した」
「ちょっと待て、それってルグランにあらかじめいくつかの選択肢が提示されたってことか?その中からあいつは正解を選んだってことなのか?」
「それは違うわ。あいつに選択肢は示されていない。あいつがシャルル王のノルマンディー行き命令を逃れるために思いついたハッタリがたまたま正解ルートの一つだったんじゃないかな?そのハッタリでルートが確定してルートに従ったパラグラフが次々と現れた。そのパラグラフでも間違いを選ぶことなく黄金を手に入れた」
「それが本当なら私の対戦相手は、世界一幸運な男だな!」
私はあきれはてて肩をすくめてみせた。
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