第87話 必要なもの

 俺はノートを持って、ジャンヌに抱き抱えられたペリエルに近付く。ペリエルの怒りが収まってなかった場合、再度の電撃を食らう可能性もある。警戒しながら慎重に近付いていく。


「ルグラン様、私はこの方にお会いしたことがあります。白い部屋にいらっしゃった天使様によく似ていらっしゃいます」


 さて、困った。こいつは天使だと説明するのは良くない。話がややこしくなる。


「こいつは俺と同じ預言者なんだ。アイヒは預言者見習いでね。つまりアイヒの先輩というわけだ」


 く、苦しい。こんな説明で納得するのかな?


「そうですか、天使様の言葉をこの方が伝えて下さったのですね。ただ私にはルグラン様が神様の怒りをかい地獄の光が降ってきたように見えました。いったい何が起こったのですか?」


「その説明は私からするわ」


 ペリエルは、穏やかな声音で言った。さっき俺に電撃を喰らわそうとしたやつと同一人物とは思えない。


「ジャンヌ、あなたは自らの信じる道を行くという覚悟を決めた。今度は私たちが覚悟を試される番だったの。レオはどんな手を使ってもあなたを助けるという覚悟を示したわ。そしてあなたは、レオを命がけで救った」


 ペリエルは言葉を続ける。


「私もね、昔ある女性を救おうとしたことがあるの。その時は彼女のために全力を尽くしたと思っていたわ。でもね、今思えば覚悟が足りなかったんだと思う。そしてその事を今だに後悔している。優しい理解者のふりをして現実から目を背けていた。だからもしもう一度チャンスがもらえるなら、やり直すことができるならっていつもいつも考えていたの」


 爆風で乱れた栗色の髪が風に揺れる。


「だから私からチャンスを奪うレオの計画は絶対に受け入れることの出来ないものだったの。私って昔からこうなの。目の前の事しか考えられなくなってしまう。本当にごめんなさい。だからレオは神様の怒りなんかかってない。すべて私が悪いの」


 うん、何だか微妙な説明のような気もするがジャンヌは納得するのだろうか?


「つまり、あの光は神様の怒りではなくあなたの怒りであった、ということですか?」


「なあジャンヌ、信じられないと思うがこいつ――ペリエルには神様から授かった力があるんだ。ひとつはさっきのように地獄の業火ごうかで悪人を焼き尽くす力だ。さっきはその力を間違って使ってしまったというわけだ。俺は悪人じゃないからな。そしてもうひとつは誰でも特定の人間になりすますことができる力だ」


 そう言ってからペリエルに天使ノートを差し出す。ペリエルは黙ってノートを受け取ると開かれたページに目を通した。ペリエルの体を再び金色に輝く光が包み込む。光が消えた時目の前にいるのは、もう一人のジャンヌだった。


「君のご両親が君のイタリア行きを許可するとは思えない。それにこれはうまく説明できないのだが君がドンレミ村を離れることは、これからのフランスの未来にとって良くないことなんだ」


 ジャンヌは不思議そうにもうひとりのジャンヌを見つめている。やがて右手を伸ばすと、もうひとりの自分の肩に優しく手を置いた。


「神様は私におっしゃいました。やがて西方から旅人がやって来ると。その旅人と協力して使命を果たすために必要なものを手に入れるようにと。私は使命を果たすために必要なものとは何か考えました。おそらくその答えは白い部屋にある黄金なのでしょう。ですがもうひとつ必要なもの、それはペリエルさんあなたなのだと思います。私の代わりにドンレミ村に残ってくださるもうひとりの私……」


 ジャンヌはペリエルの肩を両手で引き寄せて抱きしめる。


「私は使命を果たし必ず戻って来ます。その間どうぞよろしくお願いします。――天使ペリエル様」


 ジャンヌはペリエルの耳元に唇を寄せるとそっとささやいた。


「ええ、任せて。乙女ジャンヌジャンヌ・ラ・ピュセル


 教会の天井に空いた穴からやわらかな陽の光が差し込み、ふたりのジャンヌを包み込んだ。


 第一部 フランス編 完

 

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