第86話 ペリエルの怒り

「では、分かるように教えてやるよ。シャルル王の配下という今の俺の立場では、フリードリヒ3世に接触して歴史を変えることは難しいだろう。それで俺が目をつけたのがフリードリヒ3世の息子、マクシミリアン1世だ。知らないか?君の尊敬する『君主論』の作者、マキアヴェッリはマクシミリアンと会ったことがあるそうだ。彼はマクシミリアンのことを血気盛んだが、変心の多い配慮の欠いた人物だと評している」


「ちょっと、レオ! 何の話してんの?」


 見かねたアイヒが口を挟んでくるが、俺はやめない。


「おや、おかしな顔をしたなジャンヌ。フリードリヒ3世に接触できないならマクシミリアン1世にだって無理だろうと思ったか?確かにそうだ。その通りだ。だがな、問題はマクシミリアン1世の結婚相手だ。名前はマリ、ブルゴーニュ公国の公女だ。ブルゴーニュ公国のことはよく知っているだろう?今、イングランドと同盟を組んでパリを占領しているブルゴーニュだ」


 俺はジャンヌの青い瞳から目をらさず、話を続ける。


「残念ながら、現在のブルゴーニュ公国はフランス王家の配下ではあるが、シャルル陛下を正統な後継者とは認めていない。そりやそうだろう。現ブルゴーニュ公であるフィリップ3世の父親、ジャン1世はシャルル陛下との和解交渉の場で陛下の支持者によって暗殺されちまったんだからな。それが今から5年前の話だ。シャルル陛下がイングランドとの戦争に勝利するには、ブルゴーニュ公国との和解が必要だ。そして俺はそれを実現するつもりだ。ブルゴーニュ公国との和解が成立したら、次はブルゴーニュ公国とハプスブルク家との接近を阻止する。具体的には公女マリとマクシミリアンの結婚を阻止する。そうすれば……」


目の前のジャンヌBはいつの間にかうつむいていた。その肩はプルプルと震えている。


「そんなこと……」


 ジャンヌBが絞り出すように言った。気がつくと教会の窓から見える空は薄暗くなっている。真っ黒な雲がまるでとぐろを巻くように渦巻いているのが見える。


「そうすれば、マリー・アントワネットは生まれない」という次の言葉を俺が発する前に、教会の窓から目もくらむような閃光が差し込んだ。


「先輩、やめてー!!」


 アイヒが叫んだ。


「――させるかああっー!!」


 目の前のジャンヌBから発せられた声は、もはやジャンヌの声ではなくペリエルのものだった。落雷のような轟音が鳴り響く直前、俺たちがいる部屋に人影が飛び込んできた。目の端でとらえたその人影は、すごい勢いで俺に走り寄ると俺に体当たりする。


 耳をつんざくような音と振動だった。教会の天井を光の束が突き抜けて火花を散らした。俺は、俺を突き飛ばした人影と絡み合うようにして床に倒れ込む。パラパラと何かの破片が俺の頭に降り注ぎ、焦げ臭い匂いが鼻をつく。もうもうと立ち上る煙で視界が全くきかない。


 どれくらい時間がたっただろう。数分かもしかしたら数十秒だったかもしれない。あたりは静かになっている。俺は部屋の壁ぎわに仰向けに倒れており、俺の顔に黒い髪のたばが掛かっていた。俺の胸に顔を埋めるように倒れているのはジャンヌだった。


「おい、大丈夫か?」


 俺はジャンヌの肩をそっと揺すってみた。


「ううっ……ルグラン様?」


 ジャンヌが顔を上げてこちらを見る。青い瞳と目が合った。ドキリと胸が脈打つ。これがジャンヌか?すぐ目の前にあるジャンヌの顔をみてそう思った。その瞳には恐れも迷いも恥じらいも浮かんでいない。ただ真っ直ぐに俺を見つめている。


 ――聖女


 という言葉が頭に浮かんだ。


「私は大丈夫です。ルグラン様こそお怪我はありませんか?」


「ああ、平気だ。君が覆い被さってくれてるからな」


「へっ!ああっ、ごめんなさい」


 ジャンヌの顔がみるみる赤くなり、ガバッと身を起こす。ジャンヌの髪が俺のほおをでて少しくすぐったかった。俺も身を起こして部屋の様子を見渡す。天井に大きな穴が開いて青空が見える。床には瓦礫がれきが散乱してひどい有様だった。


 部屋の入り口近くにアイヒ、その向かい側にペリエルが倒れているのが見える。


「ジャンヌ、その女性の様子を見てくれ」


 俺はペリエルを指差しながらジャンヌに言った。倒れているアイヒのところまで行き様子を見る。目をつむってグッタリしているが息はしているようだ。外見上はケガもしてないように見えた。


「おい、アイヒ、大丈夫か?」


 ほおをぺしぺし叩いてみた。


「う、うーん」


 アイヒが目を開けたので、ひとまずホッとした。


「はっ!ダメ、電撃よ、電撃がくるわ!」


「もう来たよ、電撃なら」


 ちょうど俺が座っていたあたりの床を見ると、真っ黒に焦げている。ジャンヌが俺を突き飛ばして助けてくれなかったら、ペリエルの放った電撃で死んでいたかもしれない。


 そう思ってペリエルの方に目を向けると、ちょうどジャンヌに抱き起こされているところだった。ペリエルも無事だったようだ。


 それにしても、せっかく建てた仮設の教会にまたしても大穴を開けてしまった。村の人たちに何と言えばいいんだろう。


 腰の巾着袋がブルブルと震えた。天使ノートへの着信だ。


『ミッション「本物のジャンヌはどっち?」をクリアしました。イタリアへの旅費はテンプル騎士団の黄金から必要な額だけ持ち出せます。教会の修理もそれでまかなってください。ペリエルに⚪︎⚪︎ページを見せること』


 何が「ミッションクリアしました」だ。だんだんふざけ出したなこのノート。俺はため息をついた。


 

 

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