第84話 本物のジャンヌは?

 扉の近くにいたジャンヌがおそるおそるレオたちへ近づいてくる。もといたジャンヌと距離が近づくと、ふたりのジャンヌが瓜二つなのがよくわかった。


 ややこしいので、俺たちと話をしていたジャンヌをジャンヌAとしよう。後からやってきた方がジャンヌBだ。


 ジャンヌA;「ルグラン様、これはどういうことなのでしょう? 神様の起こした奇跡でしょうか? それとも悪魔あくまが私たちを惑わせようとしているのでしょうか?」


 ジャンヌB;「ルグラン様、その者の言葉に耳を傾けてはなりません。私が本物です。信じてください」


 ふたりのジャンヌの声は全く同じだった。


 その時、腰の巾着袋がブルっと震えた。天使ノートへの着信があったのだ。急いでノートを取り出しメッセージを確認する。


『これはジャンヌの信頼を得るための試練である。自らの力で本物のジャンヌを見分けよ。正解すればテンプル騎士団の財宝で旅の費用を賄うことができる。不正解であれば自らの力で費用を調達しなければならない』


 そうだ、お金のことはずっと気に掛かっていた。ドンレミ村到着時点での所持金は1.89リーヴルだった。ヴォークルールでの滞在費用までは今回の旅の費用に含まれており所持金は減ることはない。だが、イタリア行きは別だ。俺、アイヒ、ジャンヌの3名の旅費に加えて道中の安全を確保するためにマレのような傭兵も雇いたい。ジャックがブールジュへ帰ってしまった今、お金は自分で用意するしかないのだ。


 同じメッセージがアイヒの天使ノートにも書き込まれたらしく、ノートを見てうんうんとうなずいているのが見えた。


「やるしかないわね、レオ」


 やけに自信ありげな調子でアイヒが言う。


「ああ、そうだな」


 と答えたものの、正直見分ける自信なんてない。なにしろペリエルはシモン司祭としてずっとジャンヌの側にいたのだ。つい先日出会ったばかりの俺たちよりもずっとジャンヌのことをわかっている。だが、やるしかない。


「ジャンヌ、たった今神様よりお告げがありました。これは神様が我々に与えられた試練なのです。どちらが本物のジャンヌか我々に見極めよとのことです」


 ジャンヌA;「わかりました。神様がそうおっしゃるなら従います。きっと私が本物であると証明されるでしょう」


 ジャンヌB;「預言者のルグラン様ならきっと私が本物だとお分かりになると思います」


 アイヒと相談した結果、ジャンヌAとBをひとりづつ司祭の部屋へ呼び面談することになった。俺はあまり気が進まなかったがアイヒは得意の探偵ゴッコができるのがうれしくてたまらないという感じだ。まずはジャンヌAから面談する。


 仮設の教会なので、簡素な装飾のない部屋に俺、アイヒ、ジャンヌAで入り机の周りに座る。部屋には椅子が二脚しかなかったので、信者用の椅子を一脚運び入れて座った。


「ジャンヌ、申し訳ないが顔をよく見たいので頭巾を取ってもらっていいかい?」


 リラックスした雰囲気を作るためフランクな態度で接することにした。ジャンヌは「はい」と小さい声で答えると頭巾をとった。ジャンヌは長い黒髪を後頭部で編み込んでまとめている。長尺のチュニックは灰色で、どこからどう見ても農民の娘だ。


「まずは私に任せて、レオ」


 アイヒがそう言うので「いいよ」と答えた。


「ねえ、先輩、覚えてます。ミカエル様の部屋に勝手に入って怒られた時のこと?」


 なるほど、目の前にいるジャンヌAがペリエルのなりすましだと仮定して、反応を見る作戦か。


 ジャンヌAは困ったような表情を浮かべた。


「アイヒ様、申し訳ありませんがおっしゃることを理解できません。私はあなたより年下だと思いますし、ミカエル様とはどのミカエル様なのでしょうか?」


 うわーっ、冷静な答えきたー。俺はジャンヌの青い瞳や黒い眉の動きに注目していたが、瞳が揺れるようなこともなく、眉はわずかに眉尻が下がっただけだった。困惑はしていても動揺はしていない。


「またまたー、先輩、とぼけちゃってー。ミカエル様がワルキューレのブリュンヒルド宛に書いてたラブレター見つけて、キモって言ってたじゃないですかー」


おいおい、それペリエルよりミカエル様にダメージ与えるやつだから。


「なるほど、そのミカエル様というあなたの知り合いは、北欧神話における架空の存在であるワルキューレがいると妄想にとらわれ恋文を書いていた、というわけですね。アイヒ様、その方にお伝え下さい。我々の神とは「父なる神」、「神の子であるイエス様」、「聖霊」の三位さんみ一体としてのみ存在するものだと」


 敬虔なキリスト教徒であるジャンヌらしい回答だ。


「この子、本物だわ」


 アイヒが俺に小声で耳打ちしてくる。


「ジャンヌ、クードレイの塔のことを覚えているかい?」


「……ああ、ルグラン様がお泊まりになったいうシノン城にある塔のことですね」


 答えるまでに少し間があった。ペリエルと本物のジャンヌを見分けるには、ペリエルがいない場所で俺たちがジャンヌと交わした会話の内容について問いただし反応を確かめるしかない。クードレイの塔に俺が泊まった話をアイヒがおもしろおかしくジャンヌに語って聞かせた時、シモン司祭姿のペリエルはその場にいなかった。


「あの時は、不愉快な思いをさせて悪かったね」


 俺はたたみかける。あの時、ジャンヌはアイヒのふざけた態度にカチンときて「ご主人をないがしろにしすぎではありませんか?」と苦言を呈したのだ。


「……不愉快?」


 ジャンヌの瞳が揺らいだように見えた。

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