第83話 ふたりのジャンヌ
ペリエルはジャンヌの身代わりとして、ドンレミ村に残ることを承諾してくれた。翌日、俺、アイヒ、ペリエルの3人はドンレミ村へ戻りイタリア行きの準備を始めることにした。まずは、ペリエルにジャンヌと入れ替わってもらいジャンヌにはヴォークルールへ来てもらう必要があった。
物資が揃わないドンレミ村では旅の準備は難しい。ペリエルには早めにジャンヌになりすましてもらい、本物のジャンヌにはヴォークルールで準備をしてもらう段取りだ。ドンレミ村には仮設の教会が設置された。シモン司祭は今回の責任をとってドンレミ村を去り新しい司祭が派遣されることになった。
「さて、ジャンヌにどこまで事情を説明するかな。それが問題だ」
ドンレミ村にある仮設の教会内で、俺とアイヒはジャンヌがやってくるのを待っていた。先にジャンヌの家を訪ねて、話があるので教会で待っていると伝えたのだ。
「じゃあ、私、準備してくるね」
そう言ってペリエルが教会を出て行った。おそらく俺たちの見えないところでジャンヌに変身するつもりだろう。
「ジャンヌには、彼女の身代わりを村に置いておくことを伝えるか?」
「神様が奇跡を起こしたと言えば信じるかもしれないけど、ムチャクチャ驚くでしょうね」
俺の問いにアイヒは肩をすくめた。
「でもな、身代わりがいることを知らなかったら、ジャンヌは家族や友人に自分が旅に出ることを伝えようとするだろう。突然何も言わずにいなくなるのはまずいからな」
「それはそうよね」
「やっぱり伝えるしかないな」
ジャンヌに伝えるしかないという結論に達した時、教会の入り口から人が入って来た。頭巾を被った青い瞳の少女、ジャンヌだ。
「こんにちは、ルグラン様」
「こんにちは、ジャンヌ」
ジャンヌはぎこちない笑顔を浮かべている。異端審問官のモンテギュに襲われたショックを引きずっているのだろうか?
「ひとつ質問してもいいですか? ルグラン様」
「ああ、構わないよ」
一瞬考えてからジャンヌは質問を口にする。
「シャルル王太子はどのようなお方なのですか?」
うわ、全然予想してなかった質問だ。何と答えればいいのか?
「ずいぶんと難しい質問をするね。陛下の人柄を知りたいということかい?」
「ええ、私は神様からイングランド人をフランスから追い出してシャルル陛下をお救いするように命じられました。私の母は困難な状況でも諦めることなくイングランドに立ち向かっている立派なお方だと言っています。ルグラン様、あなたから見たシャルル王太子も同じように映っていますか?」
本を読んで多くの知識を身につけたからだろう。ジャンヌの話し方は落ち着いており、知性を感じさせる。
「シャルル王は立派だと思うわ。だって自分のことをよくわかっているもの」
突然、アイヒが会話に割り込んで来た。なんか最近このパターン多いな。
「自分のことをよくわかっている、というのはどういう意味ですか?」
ジャンヌはアイヒの方に向き直ると静かに聞いた。
「あの方はね。自分が国民からあまり人気がないことをよくわかっているの。それに考え方が基本的にネガティブだわ」
「おい、王様をディスるのはやめろ!」
俺の言葉を無視してアイヒは続ける。
「でもね。王様は言ってたわ。そういう悪評は甘んじて受け入れるって。それが王様ってもんだって」
実際の発言とちょっと違うような気もするが、俺とアイヒが初めてシャルル王に会った時の話をしているのだろう。王は、俺がノルマンディーにいくのを避けるために繰り出した金儲けのアイデアを使って俺のことを試したのだった。そのことに気がついて俺が指摘すると、王は『疑り深い、小心者というそしりは甘んじて受けるつもりだ』と答えたのだった。
「そんな方が、私の話など聞き入れてくださるでしょうか?」
ジャンヌが表情を曇らせる。
「大丈夫、大丈夫、何とかなるって、レオだってなんだかんだ言ってうまく取り入ってるんだからさ」
おい、人聞きの悪い言い方はやめろ。
「そうなん……ですか?」
ジャンヌは目を見開いてこちらに視線をむける。
そのときだった。教会の入り口に人の気配があった。入ってきたのは、頭巾を被った青い瞳の少女、ジャンヌだ。おいおい、ペリエル。まだジャンヌに事情を説明してないのにでてきちゃったのかよ。
「うそっ! あなたはだれ」
入り口側にいるジャンヌが声を上げた。
「おい、ペリエルなんの芝居だ?」
「芝居、なんのことです? 私そっくりのかっこをしたその人はだれなんですか?」
ん、芝居じゃない? まさか、今俺たちと話していた方のジャンヌがペリエルだったのか?
「まさか、お前がペリエルなのか?」
俺は目の前にいる方のジャンヌに尋ねる。
「ペリエル? ペリエルとは誰です? 意味がわかりません」
ややこしいことになった。ジャンヌがふたり。どちらか一方がペリエルのなりすましなのだが全然わからない。
「おい、ペリエルもうやめろ! 何のつもりだ」
「先輩、これドッキリですよね。大成功です、参りました」
俺とアイヒはペリエルに芝居をやめてもらおうとそれぞれ呼びかけた。
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