第81話 ペリエルの後悔
あきらめてジャンヌを置いていく、という選択肢については意味がわかる。だが、ペリエルをジャンヌの身代わりにする、とはどういう意味だ。そう思って目の前にいるシモン司祭姿のペリエルをじっと見る。頭頂部に髪の毛がないトンスラという髪型の男性聖職者が見つめられているのに気がつき、ニッコリ照れたように微笑む。
まあ、そういうことだろうな。シモン司祭に化けることができるならジャンヌの姿になりすますこともできるのだろう。俺はそれぞれの選択肢をとった場合のシミュレーションを脳内で行なってみた。
まずは、選択肢Aから。ジャンヌをイタリアへ連れて行かずドンレミ村に置いて行った場合、俺たちへの協力を拒む可能性がある。その場合、テンプル騎士団の黄金が保管している部屋に入ることが出来なくなる。なぜなら黄金の部屋に入ることが出来るのはジャンヌが一緒の時だけだからだ。
これは非常にまずい。そもそも今回のジャンヌ救済計画はテンプル騎士団の黄金を見つけることが重要なミッションだったのだ、それが手に入らないとなると計画が根底から崩れてしまう。
次に選択肢Bだが、ペリエルがジャンヌそっくりに変身できると仮定して本来のジャンヌとして機能するかどうかが気がかりだ。俺たちがイタリアから帰ってくるまでの間、偽物とバレることなく無難に生活してもらわなけばならない。
そして一番心配なのが世間知らずのジャンヌといきなりイタリアへ旅をするということだ。確かに中世ヨーロッパにおいて国家という概念はないに等しい。農民にとっては自分が住んでいる地域を治めている領主の所領から一歩出れば、もうそこは外国と変わらない。
ジャックとマレがブールジュへ帰ってしまったのも痛い。旅慣れた商人のジャックに屈強な傭兵であるマレなしで果たして無事に旅を終えることができるだろうか?
「ちょっと、なにぼーっとしてるのよ。あっ!天使ノートね。天使ノートに新着メッセージがあったのね。見せなさいよー」
天使ノートを片手に固まっている俺に気がついたアイヒがノートを覗きこんでくる。ちょうどいいこいつに言わせよう。
「いいぞ、読め」
受け取ったノートを読んだアイヒは「えーっ、えー」と声をあげた。横目で俺の様子をうかがっている。
「これって、どちらも選べなーい、そうでしょー」
急に上目遣いになるアイヒ。うざ。
「あっ、そうだ。ミッション変更の権利あと2回あったよね。それ使おうよ」
「なんだ、先輩に気をつかっているのか?」
俺の問いにアイヒはあからさまに目を泳がせる。こいつペリエルに心酔しきってるからペリエルにジャンヌの身代わりをしろなんて言えないんだな。よし、決めた!
「ジャンヌはイタリアへ連れていく。お前がペリエルに身代わりになるようお願いしろ!」
ペリエル本人に聞こえないようにアイヒの耳元に口を近づけて言った。
「おや、どうしたんだい? 相変わらず仲良しさんだねー」
何も知らないシモン司祭が近寄ってきた。
「やれ!」
俺の言葉にアイヒがビクッと身を震わせた。
「せせせせ、センパイ。誠にもーしあげにくいことなんですがー」
目を白黒しながらアイヒはしどろもどろになっている。
「ててて、天使ノートにで、ですね、センパイをジャンヌの身代わりにしろーなんて書いてありましてー」
「身代わり?」
シモン司祭が首をかしげる。 アイヒが四苦八苦しているすきに選択肢Bが指定する○○ページを読むことにする。
『ペリエルにこのページを読ませること。ペリエルは天使ノートの指示には逆らえない』
俺はページを開いたまま、シモン司祭姿のペリエルに歩み寄るとノートを差し出す。
「悪いなペリエル。これを読んでくれ」
「それって天使ノート? まさか……指示が来たの?」
驚いた様子を見せたペリエルだったが、素直にノートを受け取り読み始めた。
「なるほどねー、いつかこうなるんじゃないかと思ってたわ。でも自業自得よね。だってあの子をあんなふうにしちゃったのは私だもの」
「自覚はあるんだな。ジャンヌをイタリアへ連れて行けば決定的に歴史が変わるかもしれない。だが、あんたがドンレミ村で歴史通りのジャンヌを演じてくれるなら、これはちょっとした寄り道っていうだけで元に戻せるかもしれない」
「ちょっとトイレに行ってくるね」
俺の言葉には答えず、シモン司祭は食堂を出ていった。しばらくして戻って来たのはシモン司祭ではなく、天使ペリエルだった。服装は目立たないように人間のものになっている。
「ここ座ってもいい?」
俺がうなづくと、ペリエルは俺とアイヒの向かい側に腰を下ろした。
「昔の話なんだけれど……」
ペリエルは天井に視線を向けて話し出した。
「今のアイヒちゃんみたいに、私も救済ミッションを命じられたことがあるの」
ペリエルの琥珀色の瞳はどこか遠くを見ているように感じられた。
「私が助けようとしたのはとても純粋な女の子だったの。そう……まるでジャンヌのようにね。私は彼女がその純粋さを失わないように、彼女に干渉することをなるべく少なくしたの。裏方に徹してサポートをすることによって彼女を救おうと考えたわ」
隣の席を見るとアイヒが真剣な表情でペリエルの話を聞いていた。自分自身の体験と重ね合わせているのかもしれない。
「でもね……私は間違っていた。彼女が革命広場の断頭台にひざまずいた時、私はどうすることもできなかった」
――革命広場の断頭台、その言葉が指し示すのはあまりに有名な女性の名前だった。
「私はね……あの子を……マリー・アントワネット・ジョセフ・ジャンヌを救えなかった」
ペリエルの口調は穏やかだった。
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