第80話 王からの手紙

 話を聞き終えたジャックは長いため息をついた。


「なんとも奇想天外な話だな。だがお前が言うとなんだかワクワクしてくるぞ」


 宿の食堂はちょうど食事時に差し掛かりザワザワと騒がしくなりつつあった。俺が喉を潤そうとワインを一口含んだ時だった。俺たちのテーブルに近づいてくる足音が聞こえた。


「ジャック・クール様でございますか? 私はボードリクール様の使いで参りました」


「ああ、俺がジャック・クールだよ。何か用かい?」


 服装からしてヴォークルールの役人だと思われる若者にジャックは気さくな感じで答えた。


「はい、ボードリクール様のところにあなた様宛の書簡が届きました。シャルル陛下からだそうです」


 そう言って若者は封筒を差し出した。フランス王家の紋章である白百合を形どった封蝋ふうろうが押されているのが見えた。ロベール・ド・ボードリクール、俺たちが今泊まっているヴォークルールの守備隊長である。ジャンヌはシノンにいるシャルル王太子へ会うためにドンレミ村を出発し、まずこのヴォークルールを訪れた。ジャンヌと面談したボードリクールはジャンヌを信用せず、一度は追い返した。


 だが、二度目にジャンヌが訪れた際は、ジャンヌに旅の援助をした上でシノンに向けて送り出したという。ジャックは今回の旅の途中で俺と別れてアンジェを訪問した際にシャルル陛下の母、ヨランド・ダラゴンと面談しており、ボードリクール宛ての手紙を預かっていた。先日、ボードリクールと会った時にその手紙を渡したと言っていたので、その後シャルル陛下からの手紙が届いたのだろう。


「ありがとう。ボードリクール殿にもお礼を伝えておいてくれ」


 ジャックの言葉に若者は「はい」と答え立ち去った。


「いったい何の用だろうな?」


 そう言ってジャックが手紙を開封するのを俺は不安な気持ちで眺めていた。シャルル陛下と面会した時のことを思い出すが、ノルマンディに送る軍隊に同行させられそうになったり、地図の件を知らないふりをして俺を試したりとろくな思い出がなかったからだ。


 取り出した手紙を読み始めたジャックの口元が歪むのが見てとれた。首を傾げているところから戸惑っているのかもしれない。


「ブールジュ王立貨幣鋳造所の所長に俺を任命するのでブールジュに帰ってきて欲しい、とのことだ」


 実際の歴史よりも早まっている。王立貨幣鋳造所の運営をジャックが請け負うのは数年後だったはずだ。あろうことかジャックは通貨の質を落として鋳造を行い、利益を得たという。


 目の前の爽やかなジャックがとてもそんなことをやりそうには見えない。


「帰るのか?」


 俺の問いにジャックはあごをなでた。


「陛下のご指名だしな。断れんだろう。それに俺が貨幣の発行に関わるなら、お前に協力出来るかもしれんぞ」


 これはジャックの人生における大きな転機だ。一緒の旅は出来なくなるが応援してやろう。


「ああ、お前ならきっとうまくやれるさ。頑張れよジャック!」


 数日後、ジャックはマレと共にヴォークルールを出発した。マレは最後まで俺とアイヒのことを心配していたが帰路へつくジャックの護衛という仕事がある。


「また、元気で再開できる日を楽しみにしておりますぞ」


 という言葉を残して去って行った。


 ジャックは「幸運を祈る、我が友よ」と言って俺の肩を抱いた。俺は柄にもなくウルウルしてしまったのだった。


「あーあ、行っちゃったね。これからどうする?」


 ふたりを見送った後、宿の食堂で感傷にひたっているとアイヒが聞いてきた。


「とりあえず作戦会議だな。ペリエルを呼んでくれ」


 中級天使ペリエルは、シモン司祭としてここヴォークルールを訪れていた。今回、ドンレミ村の教会が燃えてしまったことの説明と教会の再建を嘆願するのが目的だ。やっぱり油に火をつけて火災を起こすのはやりすぎだったのではないか? 他にもっと穏便な方法があったのでは、と思う。


「いやーまいったね。異端審問官が教会を襲って来たって説明してもなかなか信じてもらえなかったよ」


 アイヒに呼ばれてやって来たシモン司祭は苦笑いを浮かべた。


「全く、頭がカタイ人たちですね。先輩が暗殺教団から私たちや村人を守ったっていうのに」


 アイヒは信じられないというふうに口を尖らせる。暗殺教団のネタ、まだ引っ張るつもりなんだな。


「天使の姿になったら一発で信じてくれるんじゃないのか?」


「だめだめ、この間はジャンヌを前向きにさせるために仕方なかったんだよ。関係ない人間の前で天使にはなれないよ」


「まあいいや。俺はテンプル騎士団が隠したもう一つの財宝を探すためにイタリアへ行こうと思う。ジャンヌも連れて行こうと思うがいいか?」


「うーん、それは困るなあ。どれくらいの期間イタリアへ行くつもりなのかわからないけど、その間ドンレミ村からジャンヌがいなくなっちゃうんだろ。ドンレミ村からジャンヌが出発するっていうメインの歴史が変わっちゃうよ」


 シモン司祭姿のペリエルが首を振った。


 その時、俺の巾着袋がブルブルと振動した。天使ノートに新着メッセージがあったのだ。


 ノートを開いてメッセージを確認する。


『あなたはどうしますか?


 A……あきらめてジャンヌを置いていく ○○ページへ行け


 B……ペリエルをジャンヌの身代わりにする。 ○○ページへ行け』


「何じゃ、こりゃ!」


 思わず変な声を出してしまった。

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