第79話 黄金の使い道

【ヴォークルールのシスターモンテギュ(賊の女)】


 異端審問官のブーケと名前を変えたモンテギュがドンレミ村に入ったのは数日前のことだ。私はモンテギュに自分が到着するまでは行動を起こすなと命じていた。


 ヴォークルールには我々の組織が運営する治療院がある。そこに大やけどを負ったモンテギュと部下たちが運び込まれた時、私は今回のミッションが失敗したことを悟った。モンテギュの命は助かったものの当分の間動くことは出来そうにない。


「モンテギュ、なぜ私の命令を無視したの?」


「……すまない。第5の手記を手に入れられなかった失敗をなんとか挽回したかったんだ」


 私はモンテギュを見下ろす。モンテギュは目だけを残して頭を布で覆われており、力のない瞳がすがるように私を見上げている。最終的なミッションの目的はジャンヌの救済だ。救済にはいくつかのルートがあり、ルグランはテンプル騎士団ルートを選択したという。


 だが……と思う。あいつは救済ルートにジャンヌ自身を巻き込んだ。もちろん私もジャンヌに接触した。だがそれはジャンヌ自身にはなるべく歴史通りの人生を送ってもらい我々の組織が陰で動くことでジャンヌを救済するためであった。黄金を手に入れたらイングランドやブルゴーニュ派、そして必要があればシャルル王太子への賄賂わいろとして使うつもりだったのだ。


「傷は痛む?」


 私はモンテギュに微笑んで見せた。これ以上この男を責める気にはならなかった。


「あ、ああ少しだけな。でも大丈夫だ。迷惑をかけてすまない。次こそはうまくやるよ」


「ええ、期待してるわ。でも今はゆっくりと休んで」


 私は治療院を後にした。私には人の心を操る力がある。その力で数々の危機を乗り切ってきたのだ。だが今回はその力が裏目に出てしまった。私に心酔しすぎたモンテギュの暴走を招いてしまった。今回の襲撃事件がなければジャンヌの心も掴むことが出来たはずだ。


 私は町にある教会のひとつへ向かう。そこで『あの方』と会う約束なのだ。私の大切な人を復活させる、それが私の望みだ。私は決してあきらめたりしない。何があっても。


 *******


【ドンレミ村のルグラン】


 テンプル騎士団の黄金はいったいどれほどの量があるのか? 黄金をこれからどう扱うのか? 調査したり決めたりすることがまだまだたくさんある。一旦、白い部屋へ戻った俺たちはジャンヌに導かれて、今度は地上へ出るたて穴へつながる通路を見つけることができた。ひとつわかったのは、黄金のある部屋にはジャンヌといっしょでなければ辿り着けないということだった。


 理由はわからない。ジャンヌに特別な力があるのか、それとも何か他の力が働いているのか? それはつまりこの部屋から黄金を運び出そうとした場合、ジャンヌがいっしょでなければいけないということだ。非常にめんどくさいと思う反面、大きなメリットもあった。


 ジャンヌといっしょでなければこの部屋から黄金を盗むことは不可能ということになるからだ。情報が漏れなければ黄金の存在を第三者に知られることもないし、盗まれる心配もない。


 村の教会は、近くの林で黄金の捜索をしていたジャックとマレさんが村人といっしょに消火にあたったことで半焼で済んだ。教会を襲ったモンテギュ一味の死体は見つからなかったので、おそらく逃亡したのだろう。ドンレミ村に泊まれる場所がなかったので俺、アイヒ、ジャック、マレの4人はヴォークルールまで移動して宿に泊まることにした。


 俺はジャックを誘って食堂へやってきた。ワインを飲みながらふたりで話をする。


「あいつらまた襲ってくると思うか?」


 ジャックの問いに俺は首をかしげる。


「どうかな?モンテギュの生死は不明だし、賊の女はまだ姿を現していないからな。用心することに越したことはないな」


 ジャンヌが俺たちの味方でいてくれる間は、黄金を誰かに奪われることはないだろう。


「それで、俺とふたりで話がしたいってことは何か理由があるんだろう?」


 ジャックはこの旅の間に随分と日焼けしたようだ。健康的な小麦色の顔から白い歯がのぞいていて更に爽やかさが増している。


「相変わらず勘がいいな。実はお前にひとつ頼みがあるんだ」


 苦笑する俺にジャックは興味深げな視線を向けてくる。


「ドンレミ村で見つけた黄金について、シャルル陛下に報告するのは少し待って欲しいんだ」


 俺の言葉を聞いたジャックはフーッと息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出した。


「そう言えば最初に会ったときにも言ったな。俺はテンプル騎士団の財宝が本当にあるとは信じていなかった。だから今回の旅も俺の商売に関するネットワークを作るのが目的だったし、財宝の探索に関してはお前の手助けをしただけだ」


 ジャックは言葉を続ける。


「だからあの黄金をどう使おうがお前の自由だと思っているし、それについて俺が指図できる立場ではないとも思っている。だがお前のことだ、何か理由があるんだろう?」


 ジャックは本当にいい奴だ。今回の旅でジャックとマレには本当に世話になったし、何度も助けてもらった。また賊に襲われる立場になったことで危険な目にもあわせてしまった。当然、黄金の分前を要求する権利はあると思うし、もともとシャルル陛下の命によって始まった旅だ。すぐに陛下に報告するべきという正論で俺をさとしてもいいはずだった。


 だが、ジャックはそんなことは一言も言わなかった。黄金をどう使うかは俺の自由だと言ってくれた。俺は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。


「ありがとう、ジャック。その上で俺の考えを聞いて欲しい。それによってまたお前を巻き込んでしまうかもしれんが、まずは聞いてほしい」


 ジャックは青い瞳で真っ直ぐこちらを見つめると、しっかりとうなずいた。


 

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