第78話 ノストラダムスの予言
「おいおい、ここで全部ばらしちまうのか?」
あきれた調子で俺は答える。ジャンヌとシモン司祭の前で手記に書かれていたテンプル騎士団の財宝に関する秘密を全て話すつもりなのか?
まあ、シモン司祭の正体は天使ペリエルなんだから、聞かれてもいいだろう。だが、ジャンヌにそれを聞かせると言うことは、ジャンヌ自身を俺達のミッションに巻き込むと言うことだ。
大天使ミカエル様は、ジャンヌをサポートして彼女を救えと言った。だがこれではサポートではなく更に危険な状態になるのではないか?
俺の頭のなかで様々な考えがぐるぐると駆け巡った。
「今後のことはジャックやマレさんたちとも相談して決めよう」
とりあえず結論を先延ばしすることにした。今この場で決められることじゃない。
俺の腰にある巾着袋がブルブルと震えた。すっかり存在を忘れていた天使ノートに着信があったのだ。
『乙女の導くまま白い部屋を出よ。さすれば望むものを得られん』
これはもう謎を解く必要はなさそうだ。乙女すなわちジャンヌにこの部屋の出口へ連れて行ってもらえと言うのだ。
「ジャンヌさん、私にも神様のお告げがありました。この部屋の出口へ連れて行ってもらえますか?」
「ルグラン様、あなたも神様の声を聞くことができるのですか?」
俺の言葉にジャンヌは目を見開いた。
「いえ、言葉ではなく文字でお告げを下さるのです」
「文字で……?」
「ああ、細かいことは気にしないでください。神様はこの部屋の出口をあなたが知っているので連れて行ってもらうようにとおっしゃられているのです」
やばいやばい、天使ノートのことはさすがに黙っていた方がいいだろう。
「ルグラン様は、予言者なのですね」
ジャンヌはどうやら勘違いをしたようだ。まるで尊いものを見るような表情で俺を見てくる。予言者と聞いて俺の頭にはある人物の名が浮かんだ。
――ミシェル・ノストラダムス
フランス語名は、ミシェル・ド・ノートルダム。フランスの医師であり、占星術師であり、詩人である。ノストラダムスは1503年に南仏プロヴァンス地方のサン・レミで生まれた。今、俺がいる時代が1424年なので、まだ80年も先の話だ。
ノストラダムスの名前は、俺の前世、日本では「ノストラダムスの大予言」としてよく知られている。彼の予言の中に「1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう」という一節があり、これが人類の滅亡を予言していると解釈した書籍が大ベストセラーとなったのだ。もちろん俺がペットボトルからこぼれた水に足を滑らせて死んだのが20XX年なので、人類は滅亡しなかったのだが。
また、ノストラダムスの予言としてもう一つ有名なのが次の4文詩だ。
『若き獅子は老人に打ち勝たん
戦いの庭にて一騎うちのすえ
黄金の
傷はふたつ、さらに
フランス、ヴァロワ朝第10代目の王、アンリ2世。俺の仕えるシャルル7世が第5代なので5代先の王の話だ。1559年6月30日、アンリ2世の娘エリザベートとスペイン王フェリペ2世の結婚における祝宴の余興として馬上槍試合が行われた。この試合で配下であるモンゴメリ伯と対戦したアンリ2世は槍で右目を貫かれた。必死の治療も虚しく7月10日にアンリ2世はこの世を去った。先の4文詩はアンリ2世の死を予言したものとして後の世で有名になったのだった。
これ以外にも、皇帝ナポレオンの出現、マリーアントワネットの処刑、フランス革命、ヒトラーの登場、アメリカ同時多発テロまで予言していたという説もあるのだが、真偽は定かではない。
「ええ、まあ……そんなもんです」
そう答えてアイヒの方を横目で見るがジトっとした目でこちらをにらんでいた。仕方ねえだろ。お前だって以前、預言者になって金儲けしたいと言ってただろ。
「わかりました。出口へお連れします」
そう言って歩き出したジャンヌの後を俺、アイヒ、シモン司祭は付いていく。進んでいく前方に突然、鉄製の扉が現れ、ジャンヌは迷うことなくその扉を押し開けて奥に進んでいく。先ほど白い部屋に来る時に通ったような薄暗い通路を進んでいくと、ジャンヌが突然ぴたりと歩みを止めた。
「えっ! そんな」
目の前の光景に絶句しているようだ。
「どうしたんですか? ジャンヌさん」
俺たちの目の前には再び鉄製の扉があった。
「もしかしたら道を間違ったのかもしれません。この通路は地上で出るたて穴につながっているはずなんです。なのに……そんな」
もしかしたらジャンヌが間違って、教会の隠し部屋へ戻る通路を案内したのかもしれないと思った。だが、通路の感じが微妙に違うような気がする。天使ノートの言葉を思い出す。
『乙女の導くまま白い部屋を出よ。さすれば望むものを得られん』
そうか、そういうことか。おそらくこの扉の先に俺たちが探していたものがある。
「大丈夫です。ジャンヌさん、扉を開けて中へ入りましょう」
俺は、たちすくむジャンヌの脇をすり抜けて扉の前まで移動した。取手をつかむと一気に押し開ける。蝋燭の灯りで部屋の中がぼんやりと照らされる。そこは教会の隠し部屋などではなく、見たことのない部屋だった。灰色の石壁に四方を囲われており、扉は入り口の一箇所だけのようだ。
部屋はかなりの広さがあり、入り口と反対側の壁沿いに
――四角い鉄製の箱
まるで港のコンテナのように整然と積み重ねられている。俺はゆっくりと箱に近付いて行った。胸の鼓動が急速に高まる。最前列にある低く積み重ねられた箱の前面にある取手をつかむと蓋を持ち上げる。箱の蓋は箱の後部に取り付けれた金属で回転して開く構造のようだ。鍵はかかっていない。ジャンヌ、アイヒ、シモン司祭も俺の後ろまでやってくると蝋燭を掲げて箱を照らしてくれた。
ふぅーっと一回深呼吸した後、蓋を向こう側へ押し開けた。蝋燭の灯りを反射して箱の中身がキラキラと輝く。箱いっぱいに詰められた大量の金貨。アイヒが隣の箱も開ける。再びキラキラと光が漏れ出す。
誰もが言葉を失っていた。
そう、俺たちが目にしているのは歴史上最も有名な秘密結社――テンプル騎士団の財宝だった。
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