第76話 白い部屋

「ご存知だったのですか?」


 ジャンヌの問いに、シモン司祭はニッコリと笑顔をつくった。俺にはよく事情が飲み込めなかったが、おそらくジャンヌが秘密にしていたことがシモン司祭にバレていたのだろう。


「説明は後だよ。ここにも煙が入ってくる、急いで!」


 司祭の言葉に、一瞬固まっていたジャンヌは意を決したように書棚を振り向くと書棚から本を取り出し始めた。取り出した本を机の上に置き、書棚にはぽっかりと空間ができた。作った空間にジャンヌが手を突っ込むとカランと何かが棚に落ちるような音とガチャと金属が擦れるような音がした。


 続いてジャンヌが書棚を押すと、驚いたことに書棚がぐるっと回転して部屋の壁に対して垂直になった。書棚の左右には通り抜けられるぐらいの空間ができる。


「ご案内します! 私に着いて来て下さい」


 突然の出来事に唖然としている俺とアイヒを振り向くとジャンヌが言った。


「さあ、行きましょう」


 シモン司祭も優しい口調でうながす。シモン司祭から燭台を受け取ったジャンヌが、慣れた動作で書棚の隣へ滑り込むのに続いて俺とアイヒも壁の向こう側へ歩を進める。蝋燭の明かりに映し出されたのは奥へと続いている通路だった。こんな田舎の教会にこんな地下通路があるとは正直驚きだ。この先はいったいどうなっているのだろう?


 通路はシーンと静まりかえっており、自分たちの足音以外何も聞こえない。炎をまともに受けたモンテギュたちはどうなっただろうか?


 通路は緩やかにカーブを描いて、やがて鉄製の扉に突き当たった。ジャンヌは扉の前で一度立ち止まりシモン司祭への視線を送った。シモン司祭が無言でうなずくのを確認すると扉の取手に手をかけ引っ張った。


 すうーっと滑らかに扉が開く。


 扉の向こう側から発せられている白い光に目を細める。目が慣れてきた俺が見たのは真っ白な部屋だった。俺の頭にミネ司祭からもらった第5の手記に書かれていた言葉が浮かぶ。


 ――白い部屋


 そうだ、今俺が見ている部屋こそが「白い部屋」に違いない。ジャンヌ、俺、アイヒ、シモン司祭の順で部屋へ入り、最後に入ったシモン司祭が扉を閉めた。


「さあ、もう安心です。ジャンヌ、君は先に書棚のある場所へ行ってなさい。私はおふたりに話があるのでね」


 シモン司祭の言葉に一瞬何か言いたげな視線を向けたジャンヌだったが「はい、わかりました」と答えると前方へ歩いて行った。同じ部屋の中にいるはずだったがジャンヌの姿は霧に包まれたように見えなくなった。


「さてと……」


 そうつぶやいたシモン司祭の体がキラキラした光に包まれて見えなくなる。どんどん輝きが増して目を開けていられなくなった。しばらくするとあたりがもとの明るさに戻る。再び前方に視線を戻すと目の前に立っているのはシモン司祭ではなかった。


 白い長衣を身につけた若い女性。栗色のまとめ髪にやや垂れた優しい目には見覚えがあった。


「ペリエル先輩!」


 アイヒが興奮で上擦うわずった声を上げた。


「災難だったわね、アイヒちゃん、ルグランさん。……毎回これ言ってるなあ」


 聞き覚えのある優しい声音だった。首を少し傾げる仕草も可愛らしい。


「あんたがシモン司祭だったのか?」


「騙しちゃってごめんね。これにはいろいろと事情があるの」


「天使は直接介入しちゃダメなんだろ。けっこう派手にやらかしたけど大丈夫なのか?」


 俺の問いにペリエルは困ったような顔になった。


「ちょっと、ちょっと、あんたペリエル先輩に何て口きいてるのよ!助けてもらったんだからまずはお礼でしょ!お・れ・い」


 口を尖らして俺に抗議してくるアイヒを無視して俺は話を続ける。


「シモン司祭があんただってジャンヌは知ってるのか?それにジャンヌに何を吹きこんだ?」


 信心深く神の言葉以外には目もくれなかった歴史上のジャンヌと今のジャンヌはかなり印象が違う。それにさっき通ってきた部屋にあった大量の写本にこの白い部屋。その両方にジャンヌが関わっているとすればすでに大幅に歴史は変わっているはずだ。


「すべてはミカエル様のご意思なの。でも誤解しないでね。あなたたちを信頼してないわけじゃないのよ。あくまでも陰からフォローすることを命じられたの」


「そっかー、そうですよね。私一回失敗してるから」


 ペリエルのことを信頼しているのだろう。アイヒはペリエルの言葉に一切の疑問を感じないようだった。


「ごめんなさい。出過ぎたマネだったわね。アイヒちゃん、ルグランさん」


 申し訳なさそうな表情に思わず罪悪感を感じてしまう。くそっ、この天使は完璧だ。


「全然、そんなことないですよー先輩。こいつの言うことなんか気にしないでください。テンプル騎士団とお金のことで頭がいっぱいなんですよ」


「うるせーな。お前こそ酒ばっかり飲みやがって、この酒乱天使」


「はー?あんたこそ、そのよくまわる口で天界の地図を売りつけて金を儲ける、詐欺貴族でしょ!」


 俺とアイヒのしょーもない言い合いを見てもペリエルはニコニコと笑顔を崩さなかった。


「あらあら、いつの間にかとても仲良しさんになったのねー」


「仲良しじゃない!!」


 俺とアイヒが同時に声を上げた。


「とりあえず、このことはジャンヌには内緒ね」


 これ以上ジャンヌに刺激を与えないようにというペリエルの提案に俺とアイヒは同意した。ペリエルの説明にすべて納得した訳ではないが、命を助けてもらったのは事実だ。ここはそういうことにしておこう。


「さあ、ジャンヌのところに行きましょう」


 シモン司祭の姿に戻ったペリエルと共に俺たちはジャンヌのもとへ向かった。 

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