第73話 ジャンヌとの面談

【ドンレミ村のレオとアイヒ】


「私はレオ・ルグランといいます。こちらは妻のアイヒへルンです。初めましてジャンヌさん」


 笑顔でジャンヌに語りかける。


「ジャンヌです。この村では乙女ジャンヌジャンヌ・ラ・ピュセルと呼ばれております」


 硬い表情を崩さずジャンヌは答える。どうやら警戒されているようだ。


「ねえねえ、ジャンヌちゃん。少しお話を聞かせてもらいたんだけどいい?」


 アイヒが友達にでも話しかけるような調子で言った。前回、ジャンヌにお告げを伝えていた時もこんな調子だったのだろうか?


 ジャンヌの目が驚きで見開かれた。アイヒのフランクな態度に戸惑っているのかもしれない。


「え、ええ構いません」


 ジャンヌが承諾してくれたので、俺、アイヒ、ジャンヌ、シモン司祭の4人は応接室へ移動する。


「私は、席を外しましょう。何かありましたらお呼びください」


 シモン司祭は気を使ってくれたらしく、そう言って部屋を出て行った。


 なんとなく気まずい空気が部屋に流れている。いざジャンヌを目の前にすると適当な言葉が見つからない。とりあえず、当たり障りのない世間話でもするか。


「ドンレミ村はのどかで良いところですね」


「ありがとうございます。ここは平和な村です、争いごともありませんし食べることにも困りません。神様のおかげです」


 俺のどうでもいい話に模範解答が返ってきた。


「最近、神様と話してる? 神様なんておっしゃってる?」


 またもやアイヒが空気を読まない質問を投げつけた。俺はアイヒの方を睨みつけるが意に介していないようだ。


「神様のおっしゃったことはお許しがなければ口外できません。ただ、お伝えして良い範囲で申し上げれば『フランス王をお助けせよ。イングランド兵をフランスから追い出すように』とのことでした」


 ジャンヌの眉根がよっていることに俺は気づいた。どうやら馴れ馴れしいアイヒの態度にイラだっているようだ。これはやばい。嫌われてしまう。


「シャルル王ってね。怖い話が好きなんだよ」


 アイヒは眉をひそめて言った。シノン城にあるクードレイの塔でテンプル騎士団の亡霊が出るという話があった。アイヒはビビって気分が悪くなったが、その事を言っているのだろう。


「怖い話?」


 ジャンヌは怪訝けげんな表情となった。


「シノン城にある地下室にテンプル騎士団総長のジャック・ド・モレーさんが捕えられていたんだって。モレーさんはパリで火炙りになったんだけど、それ以来、地下室でモレーさんの声が聞こえるっておっしゃったわ。ね、ね、怖いでしょ!」


 アイヒが「火炙り」という言葉を発した瞬間、ジャンヌの肩がほんの僅かであるが震えたように見えた。その後も瞳が細かく左右に動いていた。動揺しているのは確かだった。それにしてもアイヒは何を考えているのか?


「それは……ただの噂ですよね? 信じたのですか?」


「そうそう、それでね。ここにいるレオが確かめるって言ってその地下室へ泊まったの。ねえウケるでしょ!」


 こいつー、自分は安全な部屋でエールを飲んでたくせにおもしろおかしく語りやがって。


「そうなのですか?」


 ジャンヌが興味ありげに俺の方を向いたので、俺はクードレイの塔で一夜を明かしたが何も起こらなかったことを説明した。


「私はもちろん泊まらなかったわ。だって怖いもん。それでー、仕方ないから私が朝起こしに行ってあげたの」


 俺はアイヒのおはようキスドッキリ事件を思い出しモヤモヤが復活してきた(25話参照)。


「……アイヒへルン様、申し訳ありませんがご主人をないがしろにしすぎではありませんか?」


 ジャンヌが口を尖らせて言った。しまった! ジャンヌの怒りスイッチを押してしまったようだ。


「えっ? ないがしろ? 無いが白?」


「お主人は一晩大変な思いをされたのですよね? その間、アイヒへルン様は快適な部屋でご主人のことなど忘れて楽しんでおられたのでしょう? それを面白おかしく語られてはご主人が不憫ふびんと言うものです」


 ピシャリと言われたアイヒは口をあんぐり開けてアホのような表情をしている。そうだそうだもっと言ってくれジャンヌ。この調子に乗った天使にお灸をすえてくれ。


「うっ、あいたたたた……お腹が……ちょっとおトイレに行かせていただいてよろしいかしら?」


 でたっ! アイヒの自分の都合が悪くなるとお腹が痛くなるクセが発動したようだ。アイヒはそそくさと応接室を出ていった。


「ルグラン様、大変申し訳ありません。奥様にあのような口の聞き方を……私は……どうしたんだろう?」


 2人きりになるとジャンヌは、急に冷静になったのか焦った様子で謝ってきた。


乙女ジャンヌジャンヌ・ラ・ピュセル。私はミネ司祭とオルレアンでお会いしました」


 ここしかないと俺は思い、切り札を出すことにした。


 ジャンヌの瞳が大きく見開かれる。


「そんな……ミネ司祭はご無事なのですか?」


「安心してください。賊に襲われて連れ去られそうになりましたがご無事です。今はオルレアンの安全な場所にいらっしゃいます」


 ジャンヌは、ほっと安心したような表情になった。


「そうですか……そうですか……良かった。ヴォークルールへ行かれたまま帰ってこられず心配していたのです」


「ヴォークルールへ……ですか?」


 ミネ司祭のオルレアンまでの足取りを詳しく聞いたわけではない。聞いておけば良かったと後悔した。


「シモン司祭から説明はなかったのですか?」


「いえ詳しくは……ミネ司祭が面倒な用事で帰って来れなくなったので、代理でこの教会へ派遣されたとのことでした」


 シモン司祭はどこまで事情を知っているのだろうか? なんかきな臭いものを感じる。彼にも注意しなければならない。

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