第72話 平凡な少女
【ドンレミ村のレオとアイヒ】
ドンレミ村に着いた俺たち一行は、二手に分かれることにした。ジャックとマレは村長のところへ挨拶に、俺とアイヒは真っ直ぐ、教会へ行くことにした。青い空と白い雲、一面に広がる畑と点在する小さな農家。典型的なシャンパーニュ地方の農村風景だった。
村の教会は質素な作りで、都市にある大聖堂を見慣れた目にはとても小さく映った。ミネ司祭はここからひとりでオルレアンまでやってきたのか……。よく無事で辿り着けたものだ。
「懐かしー、この教会変わってないわねー」
「当たり前だろ! 7年前に戻ってんだから」
アイヒのアホな感想に呆れながらつっこむ。
「そうそう、この近くで初めてジャンヌに声をかけたのよ」
教会へ続く道を歩きながらキョロキョロと周りを見回すアイヒ。
「でもおかしいわね。教会の司祭はずっとミネ司祭のままだったと思うんだけど」
「そうなのか?」
すでに歴史が一部変わっているのだろうか? 微かな不安が胸に広がるのを感じた。教会の正面入口で呼び鈴を鳴らすと、祭服を来た細身の男が応対してくれた。
「これはこれは、貴族の方がいらっしゃるとは、驚きました!」
おそらくミネ司祭の後任の司祭だろう。
「私は、シャルル王にお仕えしているレオ・ルグランと申します。こちらは私の妻のアイヒへルンです」
「ようこそおいでくださいました、ルグラン様。私はこの教会の司祭でトリスタン・シモンと申します。さあこちらへどうぞ」
シモン司祭は穏やかな調子で言うと、俺たちを教会の応接室へと案内してくれた。司祭の後をついて行きながらさりげなく教会の内部を観察するが、いたって普通の教会で特に変わったところはないようだ。今のところ天使ノートへの着信もない。
シモン司祭にうながされて、応接室の机を挟み向かい合って着席する。
「ルグラン様はどちらからいらっしゃったのですか?」
司祭が人懐こい笑みを浮かべて尋ねてきた。司祭の青い瞳と目が合う。なんだか心がスゥーッと落ち着くような感じがする。
「ブールジュからです。途中、シノン、トゥール、オルレアンと立ち寄りまして今日ドンレミ村に到着したのです」
司祭は目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
「なんと、ブールジュからですか? シャルル王のお膝元ですね。私は行ったことがないのですがとても美しい町だと聞いております。オルレアンからここドンレミ村の間は、イングランドとブルゴーニュ派の支配地です。移動も大変だったでしょうね?」
「それがとっても順調な旅だったんですよ! 神様のおかげだと思います」
いつものように突然、アイヒが口を挟んでくる。司祭はアイヒの方に視線を向けるとニッコリと微笑んだ。
「おー、そうですか。それはよかった。神のご加護に感謝いたしましょう」
そろそろ本題に入らなければならない。
「司祭様、本日こちらへ参りましたのは、この村に神様の声を聞くことができる少女がいるという噂を聞きつけまして、ぜひ話を聞きたいと思ったのです」
「なんと、もうそんな噂が広まっているのですか! もしかしてシャルル王のお耳まで入っておるのですか?」
司祭の声は興奮でうわずっているようだった。
「いえ、まだシャルル王のところまでは伝わっていないと思います。神の声を聞くことができると言われている人物は他にも大勢おりますので、その全部を調べるわけにはいきません。私どもの目的地はヴォークルールだったのですが、どうにも気になりまして立ち寄った次第です」
あくまでもついでに立ち寄った風を装いながら、それでいて興味があることを示す。前のめりになりすぎて不信感を持たれず、なおかつジャンヌに会えるように取り計らってもらわないといけない、このへんのバランスは前の人生における投資銀行セールスで学んだことだ。
「いえいえ、この村にいる
よし! これでいい。本当は、ミネ司祭の話も聞きたいところだが今はやめておこう。ミネ司祭から譲り受けた手記に書いてあった白い部屋については、ジャックとマレが探してくれることになっている。
俺たちは教会の中でジャンヌの到着を待たせてもらうことにした。シモン司祭はジャンヌの到着が待ちきれない様子でソワソワと教会の中を歩き回っていたが、やがてこちらに向かってくるジャンヌを見つけたようで「来ましたよ」とうれしそうな声をあげた。
シモン司祭が教会の入り口で話している声が聞こえた後、ひとりの少女が教会へ入って来た。少女は俺たちを見つけるとその場で立ち尽くしている。突然の貴族の訪問に驚いているのだろう。俺は警戒感を抱かれないように笑顔を作ると少女に歩みよる。
一般に現代人が抱いているジャンヌのイメージは、長い金髪を後ろで結んだ青い瞳で色白の美少女、銀色の甲冑を身につけ旗印を掲げ持つやや大柄な女性というところだろうか? もしくはゲームの影響でボブカット金髪で小柄な少女かもしれない。
だが今、俺たちの前にいる少女はそのどちらでもなかった。背丈は160cm程度と特に大柄でも小柄でもないだろう。瞳の色は確かにブルーであるがキラキラした青い瞳というよりは落ち着いた濃い青色だ。髪は金髪ではなく黒髪を無造作に後ろでまとめている。もちろん甲冑ではなく灰色のチュニックを身につけていた。ただ目鼻立ちはとてもしっかりしており美形であることは間違いなかった。
ジャンヌは冷めたような視線を俺たちに向けている。
そうか、これが本物のジャンヌ・ダルクか……。どこにでもいるような普通の少女ではないか。
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