第71話 下した決断

 私が答えを持っている? シスターの言っている意味が分からず、首を傾げる。まさかテンプル騎士団の手記のことを言っているのか?


「シスターモンテギュ、申し訳ありません。おっしゃる意味がよくわからないのですが……」


 シスターモンテギュの言葉に心が動かされなかったと言えば嘘になる。だが……カエサル様であれば、チェーザレであれば、何と答えるだろうか?


 ――分からない。


 ふところの大きなカエサル様であれば、シスターの言葉を受け入れ、自分の目になって欲しいと言うかもしれない。チェーザレであれば、自分の役に立てるというなら証拠を見せろ、と言うかもしれない。ひとつだけ確かなことはふたりとも自分から手の内をさらすことはないだろうと言うことだ。


「それに、私は謎かけが好きではないのです」


 勤めて表情を変えないように気を付けながらゆっくりと言った。


 シスターモンテギュは何も言わない。空気が張り詰めたように感じた。ゆっくりとした動作でシスターは腰につけた巾着袋に手を突っ込んだ。取り出したシスターの手に紙の束のようなものが握られている。


「これが何かご存知ですよね? そうテンプル騎士団のメンバーが残した手記です」


 私は言葉を失った。自分の持っている手記には手記が5つに分割されてそれぞれ別の場所に隠されたと書かれていた。残り4つのうちのひとつをシスターが持っているというのか?


「……なぜ……あなたが手記を持っているのです?」


 今までの話の流れから言って、シスターは私が手記を持っていることを知っているのだろう。私が知らないふりをするので自分の持っている手記を見せることにしたのだ。


「あなたをお助けして世界を救う方法はいくつかあるのです。そのいくつかの方法を私は検討しました。その結果、テンプル騎士団の財宝を見つけ出すという方法を取ることにしたのです」


 シスターは手記を机の上にそっと置いた。表紙に破り取られたような跡があり、見覚えのある筆跡で文字が書かれているのが見えた。シスターは話を続ける。


「ところが問題が発生しました。この手記を狙っている別の人間がいたのです。その男はシャルル王に取り入ることに成功しました。フランス王家の力を利用して第1から第3まで、すでに3つの手記を手に入れています。私は何とかその男から手記を取り戻そうとしたのですが、男は狡猾でうまくいきませんでした」


 この手記を狙っている別の人物がいる? 確かに財宝が黄金であることを考えると十分あり得る話だ。


「オルレアンに手記を持っている人物がいるとの情報を得た私たちは、何とかその人物と接触することに成功しました。すんでのところで男がその人物を襲う前に保護して手記を譲ってもらうことに成功したのです。そうして手に入れたのがこの第4の手記なのです」


 手記を狙っている男が第1から第3の手記、シスターモンテギュが第4の手記を持っているということか。となると私が持っているのは第5の手記ということになる。だがこの第5の手記は肝心な部分が破り取られている。そのことをシスターは知っているのだろうか?


乙女ジャンヌジャンヌ・ラ・ピュセル、私はつつみ隠さず真実をお話ししました。私はあなたが残りひとつの手記をお持ちであると確信しています。そしてその手記には財宝のありかが書かれているはずなのです」


「シスター、あなたがお持ちの第4の手記には何が書かれているのですか?」


 シスターの問いかけには答えず、私は逆に質問を返した。


「残念ながら財宝の隠し場所に関する記述はありませんでした。ただ……手記の隠し場所として異端者の火刑が初めて行われたオルレアンはふさわしくない、自分はドンレミ村へ向かうと書かれていました」


 シスターの話は辻褄つじつまがあっているように思える。以前の私なら素直に自分が持っている手記のことを話して自分を助けてくれる人として受け入れただろう。だがこの時、私の頭に浮かんだのは意外にも『君主論』のニコロ・マキアヴェッリさんの言葉だった。


『他人の力によって君主になるようなものは、いずれその国から追われるだろう』


 私は決断した。


「おっしゃることはよく分かりました、シスターモンテギュ。これからどうするかは自分でしばらく考えてみたいと思います。今日のところはお引き取りいただけますか?」


 私の言葉を聞いてシスターの表情がわずかに変化した。それはおそらく驚きの表情に違いなかった。シスターはわかりました。また来ますと言うと教会を去った。シモン司祭は私たちが話した内容について何も聞かなかった。もしかしたら、神様から次のお告げがあるのではないかと期待して数日待っていたが、神様の声が聞こえることはなかった。


 おそらくシスターはまたやってくるだろう。それまでに決めなければならない。自分はどうするのかを。そんなモヤモヤした気持ちを抱きながら教会へ行くとシモン司祭が入り口で待っていた。


乙女ジャンヌジャンヌ・ラ・ピュセル、君にまたお客さんだよ。人気者だね君は」


 誰だろう? と思い教会の中に入ると見知らぬ若い男女が立っていた。男の方は丈の短い上等な上着と足にピッタリと張り付いたズボンを履いている。農民ではない、貴族の格好だ。女性の方はチュニックの上にマントを羽織っているが上等な生地で作られたものに見える。


 私が教会の入り口で突っ立っていると、私の存在に気がついたふたりが笑顔で近づいて来た。


「私はレオ・ルグランといいます。こちらは妻のアイヒへルンです。初めましてジャンヌさん」


 男が言った。

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