第68話 ドンレミ村へ
【オルレアンのレオとマレ】
まもなく、サン・テンヤン教会に向かったオルレアンの守備隊が、アイヒやジャックと共に帰って来た。保護された本物の異端審問官の部下や教会の聖職者が、賊の一味とブーケが教会を襲撃してきたと証言した。さっそく、オルレアンの治安維持組織によるブーケ一味の捜索が開始された。
「ミネ司祭様はこれからどうされるのですか?」
賊が捕まるまでは、まだ司祭の身は危険にさらされていると思えた。
「オルレアン司教区の司教さまのもとへ行こうかと思っております。事情を話せばきっと私をお救い下さるでしょう」
肩の荷がおりたのか、司祭は穏やかな表情で言った。
とっぷりと日が沈み、長かった1日が終わった。ミネ司祭には同じ宿に泊まってもらい、明日の朝、サント・クロワ大聖堂まで送って行くことになった。
俺とアイヒ、ジャック、マレの4人は食堂に集まり、今日の出来事の報告と今後の予定について話し合うことになった。
「第4の手記は奪われちまったか、悔しいな」
ジャックがワインを一口飲んでから言った。
「そうだな、まさか残りふたつの手記が両方ともドンレミ村にあるとは思わなかったもんな」
俺もワインで喉を潤してから答える。だが悔しいとは感じなかった。第5の手記の一番重要な部分、つまりテンプル騎士団の残した財宝が黄金であり、隠し場所はドンレミ村にある『白い部屋』だと書かれた部分を入手したからだった。
「しかしこうなると、賊の女は最初から手記がドンレミ村にあったことを知ってたってことだよな?」
ジャックの言う通りだった。賊の女は手記をひとつも手に入れることなく一番重要な第5の手記がドンレミ村にあることを把握していた。もしミネ司祭が脅しに屈していたら先に手記を奪われていたことだろう。
「ねえねえ、今回私すごく頑張ったんだからもっと褒めてもいいのよ」
何切れ目かの肉を平らげたアイヒが会話に割って入る。
「そうでござるな、アイヒ殿の活躍がなければミネ司祭をお助けすることも叶わなかったでござろう」
マレが感心したように言うとアイヒはドヤ顔を俺の方に向けてくる。鼻の穴を膨らませた天使のドヤ顔を見ていると無性に腹が立ってくるが、今回ばかりはこいつの活躍を認めるしかない。ブーケと賊の女が仕掛けた偽装工作を見破ったのだから。
サン・テンヤン教会へ行かなかったら、ミネ司祭の存在自体知らなかっただろう。そして今頃は、連れ去られた司祭の命はなかったかもしれないのだ。
「ああ、よくやったな。もっと肉食ってもいいぞ」
そう言ってナイフで肉を切り分けてやる。
「えへへっ」
うれしそうに肉をほおばるアイヒを見て、肩の力が抜けた。
「さっそく、明日にもドンレミ村に向かって出発したいんだ」
俺がそう提案すると、ジャックが大きくうなずいた。
「それがいいだろう。賊どもは第5の手記をミネ司祭が持っていなかったことで、手記がまだドンレミ村にあると思うだろうからな」
「ヴォークルールはどうする?」
旅の計画では、まずヴォークルールへ立ち寄ってからドンレミ村へ行く予定だった。
「いや、ヴォークルールは後にしよう。ドンレミ村で『白い部屋』を探すのが最優先だぜ」
俺の問いに、ジャックはきっぱりと答えた。アイヒとマレも異論がないようで、翌日、ドンレミ村に向かって出発することが決まった。
翌朝、宿をでた俺たちはミネ司祭をサント・クロワ大聖堂まで送って行った。ラ・トゥール司祭が入口で出迎えてくれた。
「ルグラン様、異端審問官ブーケの件、大変失礼いたしました。まだまだ異端との戦いは続くでしょう。どうかまたお立ち寄りください」
トゥールに続きオルレアンでも身内から異端者に内通するものが出てしまったのだ。ラ・トゥール司祭の表情は険しかった。
ここからドンレミ村までは陸路であり馬での移動となる。ジャンヌは1429年2月12日もしくは13日にヴォークルールを出発し2月23日にはシノンに到着した。約650kmを10日で移動したことになる。オルレアンからヴォークルールは374kmだからジャンヌが移動した距離の半分弱の移動だ。距離が半分だからといって5日でヴォークルールまで行けるかと言えばそう簡単ではない。
ジャンヌの移動速度はかなり速かったと言える。今回の旅における陸路での移動スピードは1日30km程度と想定しているので今までのスピードで旅をするとドンレミ村まで10日かかってしまう。なのでなるべく急いでドンレミ村へ移動するが7日程度で到着できればよしとしよう。
結局、オルレアンの守備隊はブーケ一味を発見できなかった。おそらく何らかの手段でオルレアンを脱出したのだろう。ブルゴーニュ門をくぐりオルレアンに別れを告げる。しばらくはロワール川沿いを進み、最初の目的地ジアンへ向かって馬を走らせた。
ヴォークルールとドンレミが位置する地域は「ロレーヌ辺境」と呼ばれ、神聖ローマ帝国とフランス王国の両方に従属するバル公領の一部だった。ジャンヌがいるドンレミ村の南半分もこの領域に属しており、現在はイングランドと同盟を結んでいるブルゴーニュ公の支配地域だ。ただし、ジャンヌの家がある北半分はシャルル7世に忠誠を誓うヴォークルール城塞の支配地だった。
オルレアンからドンレミ村へ続くフランス北東部はシャンパーニュ地方と呼ばれブルゴーニュ公の支配地だ。よって敵の支配地域を横切るという危険なミッションになるはずだった。だが、途中の都市ジアン、オーセール、ショーモンと敵に遭遇することなく順調に旅を続けることが出来た。途中、アイヒがお腹を壊してやや速度が落ちたものの、予定通り7日目の昼過ぎに目的地ドンレミ村へ到着したのだった。
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