第65話 対戦型ゲーム

【オルレアンの異端者(賊の女の回想)①】


 ついにテンプル騎士団の手記を手に入れた。私がこの世界に転生してから初めて成果らしい成果を出せた。今回は異端審問官のブーケを味方に引き入れることが出来たのが大きかった。トゥールで仲間にした聖職者は、金に目がくらんだ役立たずだった。


 私はある方の命令で動いている。その方が何を望んでいるのか私にはよくわからない。私が長い眠りから覚めると目の前には美しい女が立っていた。女は自分が何者か?なぜ私がここにやって来たのかを説明した。女の説明は全く信じられないような話だったが、現に死んだはずの自分が今ここに立っている事実を受け入れるしかなかった。


「ジャンヌっていう娘がいるの。その娘を救って欲しいんだけど、出来る?」


 女は唐突に言った。


「ジャンヌとはどんな娘なのだ?どこに住んでいる?」


 私の問いに女は、ジャンヌとはフランスという国の英雄であり、国王を助けてイングランドという国と戦ったのだが、最後は火炙りになって死んだのだと説明した。


「出来るかどうかは、やってみないとわからないだろう?」


 私が肩をすくめると、女はフフッと楽しそうに笑った。


「確かにそうね。やってみなければわからないわ」


「そもそも救うとはなんだ? 具体的には何をすればいい? 説明して欲しいのだが」


「ジャンヌが自分の目的を果たした上で火刑にならないように助けて欲しいの。うん……でもそれだけじゃ面白くないわね。ジャンヌがあなたのように自分の国を持てるようにできないかしら?」


 ずいぶんと簡単に言ってくれるじゃないか。私は半ば呆れながら女を見た。女は自分の思いついたアイデアが愉快でたまらないという感じでうっとりとしているようだ。


「自分の国か……そもそもフランスには既に王がいるのだろう?お前の話ではジャンヌはその王を正規の王として戴冠させるのが目的と言ったではないか?」


「ええ、言ったわ。でもその王様はジャンヌを救ってくれなかった。だからそれ以上、王様に義理立てする必要もないわね。ある程度までやってくれたらいいの。後は私がやるから。さあ早速始めましょう」


「おい、まて! まだやるとは言ってないぞ。私には何のメリットもないじゃないか」


 女は可愛らしい仕草で小首をかしげた。


「あらあら、せっかちなのね。いいわ、成功したら、あなたの一番大切な人を復活させてあげる」


「一番大切な人だと……」


 私の脳裏に浮かんだのは、たったひとりの男の顔だった。ああ、彼にまた会えたら。彼と初めて会った時のことを思い出し、思わず胸が熱くなるのを感じた。


「本当にそんなことが出来るのか?」


「もちろんよ。現にあなたもここに現れたじゃない」


 私は女の提案にのることにした。それから時間をかけてジャンヌがいる時代や世界情勢について学んだ。何もかも私がいた時代とは変わってしまったようだが、相変わらず人間はお互いに争っているようだ。全く進歩がないとはこのことだろう。


「ひとつ問題があるの」


 私がある程度の知識の習得を終えたところで、女は言った。


「もうひとりジャンヌを救うミッションを命じられた人間がいるのよ。そいつは、お金を稼いでジャンヌを救うことにしたみたい。これは秘密なんだけど、このミッションには正解のルートがいくつかあるの。そのひとつがテンプル騎士団の黄金ルートって言うんだけど。その人間はそのルートにのることに成功したみたいね」


「それのどこが問題なんだ?」


 同じミッションを与えられたヤツがいるなら協力すれば良いではないか? 私の問いに女はほおを膨らませて不満げな表情を作った。


「ダメダメダメだよー。これは協力型ゲームじゃないんだから。いい? これは対戦型のゲームなの」


 女が大袈裟な感じで両手を振るのを見ていると何だかムカついて来た。


「周りくどい言い方はやめろ。私にどうしろと言うんだ!」


 女は大きく目を見開いた。だが私の苛立ちに驚いたというよりは、わざとらしい演技に見えた。


「つまりね。これは相手のミッションを邪魔して自分のミッションを成功させる戦いっていうわけ。ミッションを成功させることが出来るのは、あなたか?その男か?どちらか一方だけ。成功報酬を得られるのは勝者だけなの」


 私はため息をついた。なるほどそういうことか。話がうま過ぎると思ったのだ。


「相手の男はこのことを知っているのか?」


 女は肩をすくめた。


「知らないわ。だって私がゲームのルールを勝手に変更したんですもの」


 まあいいだろう。相手の男に恨みはないが、私はどうしても「彼」に会いたいのだ。それから女とジャンヌを救うための計画を立てた。もちろん私ひとりでは何もできない。女は今回の計画を思いつく前からある組織を作っていたのだという。その組織はいわゆる『秘密結社』なのだが表向きは修道会を名乗っている。


 その女――いやその方の目的のためにその組織は存在する。私はその組織の指導者として転生することになった。私が転生するのは、かつて存在した『暗殺教団』の末裔であり、武術に優れた女性だという。


 最初に与えられたミッションは、最も重要な手記である第5の手記を手に入れることだった。第1の手記から順番に集めなくていいのか?と私は女に尋ねたが、そんな暇なことは対戦相手のレオ・ルグランに任せておけばいい、こちらは最短ルートで行くのだ、とのことだった。


 第5の手記、さらにありがたいことに第4の手記もだが、どちらもドンレミ村の教会にあるのだという。


「手記は教会にいる司祭が代々管理しているわ。ただ教会のどこにあるかまではわからないの」


「ならその司祭を殺して、家探しするか、拷問してありかをお吐かせればいい。簡単な話だ」


 私の言葉に女は眉をひそめた。


「ちょっと、ちょっと、あなたはなんて野蛮人なの。それはダメ。本来死ぬはずじゃない人を殺すと『反作用』というものが起きてそれを実行したものに大きな災難が降りかかるの。自分を守るためならいいけど故意に人を傷つけるのも同じことだから」


 妙な制約があるせいで私は事前に策を考えることになった。 

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