第66話 偽りの騎士

【オルレアンの異端者(賊の女の回想)②】


「カトリック教会の司祭が一番恐れることはなんだ?」


 私の問いに女はしばらく考えてから答えた。


「そうね、自らの信仰心を否定されることかしら。異端者として断罪されることは恐怖でしょうね」


「異端者か。なら異端者かどうかはどうやって決まるんだ?」


「異端審問官という役職の人がいて、異端の疑いがある人物を取り調べするの。その後裁判が行われて有罪となれば処刑されるわ。まあその前に異端を捨てて※悔悛かいしゅんすることもあるけどね」


 ※注……過去の罪をいて、神のゆるしを請うこと。


 フランスに転生した私が最初にしたことは、部下を使って異端審問官を探すことだった。やがてクレモン・ブーケという異端審問官と接触することができた。事前にブーケが以前はモンテギュという名前だったことや領主に騎士として使えていたが、クビになった過去があることなどを調べていた。


 私はブーケに取り入るために策を講じることにした。ブーケが滞在している街へ行った私は、ブーケが人気のない通りを歩いてくるのに合わせて狭い路地に身を隠した。タイミングを合わせて路地からブーケの前に走りでる。


「いやあああっ! 助けてっー!」


 叫びながらブーケの前でつまづいて倒れ込む。そこに事前に打ち合わせてしていた部下が私を追って走り出てきた。


「おのれっ! 逃さぬぞっ!」


 部下が短刀を私に向けて振り下ろす。鋭い金属音が響いて、ブーケが短刀で部下の刀を弾き飛ばした。ブーケと部下は少しやり合ったが、やはり打合せ通り部下はやられて逃げ出す。


「逃すか!」


 と部下を追いかけようとしたブーケに私はすがりついて止めた。


「置いていかないでください! 騎士様」


「私は騎士ではない。異端審問官だ」


「いいえ、あなたは騎士です。高貴な心をお持ちなのです」


 私はお礼としてブーケの身の回りの世話をすることになった。ブーケが私に夢中になるのにそれほど時間は掛からなかった。私はブーケにでっち上げた身の上話を聞かせた。自分が高貴な身分の出であること、フランス王家の陰謀により領地を乗っ取られたこと。国を再興するため人材と資金を集めていることなどを語って聞かせた。


「かつてアーサー王には、彼を支える円卓の騎士がおりました。私の騎士になってもらえますか?」


 ブーケは私に身も心も捧げることを誓った。いつもこうだ。男とはなんと単純なのだろう。私のために自分の力を、兵士を、資金を惜しみなく注ぎ込む。だが私の心にあるのはただひとり、あの男だけだ。彼をなんとしても復活させてもう一度やり直したい。そのためだったらどんなことだってしよう。


 私とブーケは手始めにドンレミ村へ向かった。手筈てはずはこうだ。まず私が部下を連れて教会の司祭のところへ行き、テンプル騎士団の手記を渡すように脅す。もちろん司祭がすんなりと渡すはずはない。なので次に異端審問官であるブーケを連れていき司祭や村人を異端審問にかけると言って脅す。


 私の雇い主である女が言ったように、自分が異端認定されること、ましてや村人が巻き込まれることを恐れた司祭は手記を渡すだろう。そう考えていた。だが私の考えが甘かったようだ。ドンレミ村の司祭には想像以上の行動力があった。司祭は手記を持ってドンレミ村を逃げ出したのだ。見せしめとして村人を異端審問にかけてやろうとも思ったが、そんなことをしたら騒ぎが大きくなる。


 仕方なく部下を使って司祭の行方を探らせることにした。私にはもう一つの仕事があったからだ。それは手記を集めているもうひとりの男――レオ・ルグランの邪魔をすることだった。部下の情報によるとルグランはブールジュを出発してロッシュ城に滞在、そこで第1の手記を手に入れたようだ。次の目的地はシノンだと判明したので私たちも急いでシノンに向かうことにした。


 シノンに到着した私は、シノン城の郊外で城の使用人たちを襲撃して「手記を渡せ」と脅した。手記を保有しているシノン城の管理人サブレに恐怖心を植え付けるためだ。サブレは現在の仕事に満足しており、先祖から受け継いだ手記に余り興味がないようだった。当然、これは犯罪行為なので使用人たちはシノンの自警組織に訴え出た。だが、我々の組織のメンバーは広く配置されているようで、そのメンバーがうまく揉み消してくれた。


 次の段階としてルグランと、ルグランと行動を共にしている天使を襲うことになった。ルグランと天使が城を出発したとの情報を得た私は、城とシノンの街の間にある林で待ち伏せした。間も無く馬に乗ったふたりがやって来た。


 まずは弓で軽く脅してやるか。


 傷つけることが目的ではないので、ルグランの顔の横を通るように狙って矢を放つ。矢は私の狙いどおりルグランの横をすり抜けて地面に突き刺さった。天使の娘が悲鳴をあげた。


 ふん、矢が飛んできた程度でぎゃあぎゃあと騒ぎよって。


 ルグランと天使は馬首を返すと一目散に逃げ出した。まあ、賢明な判断だろう。この私に剣で立ち向かうのは愚かものだ。馬のスピードをぐんぐんと上げてふたりとの距離を詰めていく。


 突然、ルグランが道を外れ平原に走り出る、天使の方はそのまま道を直進する。ほう、自分を追わせて天使を逃すつもりだな。少しは男らしいところがあるではないか。よいぞ、その策に乗ってやろう。私も道を外れてルグランを追う。


 遅い、遅すぎる。そんなことで私から逃げ切れると思っているのか。


 ルグランの真横まできた私は、剣を抜くと脅しの一撃を加える。驚いたことにルグランは私の剣を自分の剣で受け止めた。まさか、ただの偶然だろう。もう遊びは終わりだ。私はルグランの剣に向かってもう一撃を加える。案の定、ルグランは剣を取り落とし、馬のスピードが落ちた。


 私はルグランの前方に回り込んで行くてをふさいだ。


「手記を渡せ」


「何のことだ?」


「渡さねば、殺す」


 しらじらしい会話を交わす。ルグランの表情は硬く強張っている。それはそうだろう、自分は丸腰なのだから。


「お前は何者だ? 盗賊か?」


 なんとか時間を稼ごうとしているのがわかるが無駄なことだ。私は剣を構えるとルグランへ向かって前進する。


 その時だ。何かが自分に向かって飛んでくるのがわかった。とっさに剣でそれを弾き飛ばす。どうやら飛んできたのは小さな石のようだった。


「こっちに来るな、えいっ!」


 またしても私に石を投げつけてくる若い女が見えた。赤毛の入った金髪が風で乱れており、青い瞳が私を睨みつけていた。

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